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前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 『このメールが無事にPCに届いている事を、 そして君がこのメールを無事に読める状況にあることを願って。 才人くん、元気にしているだろうか。 「そちら」が「こちら」の時間が同期しているかどうかはわからないが、君がいなくなってから「こちら」では約半年が経過している。 今更言う事ではないのかもしれないが、今君がいる場所は「地球」ではない。 俗な言い方をすればいわゆる「異世界」と呼ばれる場所だ。 君達の常識では考えられないことかもしれないが、この世にはそういった常識の「外側」が存在する。 君が今いる異世界もそうだし、君が今まで生きてきた地球も例外ではない。 かくいう俺自身も、そういった「外側」を知りそこに生きている人間でもある。 ご両親から君が行方不明になった事を聞いた時は、正直驚いた。 だが、君が俺の修理したPCを持ったまま行方を消した事が不幸中の幸いだった。 ……実は、君のPCにはちょっとした遊び心で改造を施してあったのだ。 いわゆる「外側」の技術を使ったものだ。 まあ充電不要になるとかちょっぴり余分な機能がついている程度で普通に使う分には気付く事もないようなものだ。 ただ……いやなんでもない』 ※ ※ 「イノセントのPCを魔改造してんじゃねえよ……」 「き、気になる所で切んないでよ叔父さん! ただ何なんだよ!?」 『なに、ちょっと特殊な操作をするとボーンと爆発するだけだ。あまり気にするな』 「メールが返事すんなよっ!? っつうか自爆装置とかつけんなよ!?」 「お、俺のPCにそんなロマン機能がっ!?」 ※ ※ 『話を本題に戻そう。 とにかく、そんな訳で君のPCには俺謹製の処理が施されてあったのだ。 行方不明という事を知った後、俺はそれを頼りに独自に捜索を行なった(GPS的な用途に使ったと思ってくれればいい)結果、君が地球ではなく別の世界にいるという事を突き止めた訳だ。 ……突き止めたまではよかったが、そこからが問題だった。 君がいる「場所」はわかったのだが、そこに辿り着くことができなかったのだ』 ※ ※ 「……」 メールを見ながら柊は眉を潜めた。 文面のそのフレーズは以前にフール=ムールが言っていたのとほぼ同じなのである。 ――見つけたところで喚ばれぬ限り"辿り着く"ことはできない。 (どういう事だ? ファー・ジ・アースの人間はこっちに来れない理由があるのか?) フール=ムールはそれを『ここがハルケギニアだから』と言っていたような気がする。 この世界は主八界とか関係ない『外世界』ではなく、ファー・ジ・アースと何らかの関係がある世界なのだろうか? 答えの出せない疑問を胸に浮かばせながら、柊はメールを読み続ける。 ※ ※ 『俺のできる限りの知識やコネを使ってそちらに繋がるゲートを作ろうと試みたが、それは叶わなかった。 そもそもの話、「外側」の技術で君達イノセント(外側を知らない一般人)に対して過度の干渉をする事はあまり薦められた行為ではない。 俺が取引した、ゲートを作り得る技術を持った組織もその趣旨は例外ではなく、組織のトップにいる人物はその点に関して殊に厳格だった。 結果としてゲートが繋げられない事実が判明すると早々に捜索は打ち切られてしまった。 こうして君にメールを送ったのは苦肉の策、あるいは最後の手段だった。 無事に届くという保障はないが、何もしないよりはマシだろう。 長々と書いてしまったが、結論としては「こちらからは君を助ける事ができない」という事になる。 そう結論付けることしかできないのは非常に心苦しい。俺の力の及ばなかったことを許して欲しい。 無責任な言い方かもしれないが、決して諦めないでくれ。 俺や君の御両親、君の友人。そういった人達が君の戻ってくることを待っている事を忘れないでくれ。 彼等は君と同様イノセントなので事情を明かす訳にはいかず、とりあえずは俺の勤めているミーゲ社の所在地……つまりドイツに留学という形で処理している。 だから君は何も心配せず、ただこちらに戻ってくる事にだけ頑張って欲しい。 故意にせよ事故にせよ、こちらとそちらを繋ぐゲートが存在した以上、必ずそれを作る手段があるはずだ。 それに、君は覚えていないだろうが、君には以前からこの手の「外側」に対する適応力が見て取れていた。 だから俺は、君が今の状況を受け入れそして乗り越える事ができると信じている。 再び君と会える日が来ることを、心から祈っているよ』 ※ ※ ※ 「……叔父さん」 サイトはわずかに顔を俯かせ、手の甲で目元を拭った。 一緒にメールを読んでいた柊が、力強く肩を叩く。 「大丈夫だ。俺も手伝う。俺もこの十蔵って人と同じウィザード……『外側』ってのを知ってる人間だから、力になれる」 「……うん」 ありがと、と呟くように言った後サイトは改めてメールを見やった。 そして柊に眼を向け、尋ねる。 「俺のこと、ドイツに留学って事にしてるみたいだけど……」 懇意にしている親戚ではあるが、基本ドイツに在住している十蔵にすぐに連絡がいくという事はあまりないはずだ。 つまり十蔵がそれを知ってサイトの事情を調査し、そして対応するまでに行方不明という事はそれなりに広まっているはずだ。 果たしてそれで誤魔化せるものなのだろうか。 すると柊は腕を組んで少し考えると、 「多分記憶処理かなんかだろうな。地球じゃそうやって『外側』の事を知られないようにしてるんだよ」 「き、記憶処理って。それじゃ……」 「……。お前は最初っから行方不明になんてなってなくて、単にドイツに留学してるからいないだけ……って周りの人達は思ってるってことだ」 「そんな……」 幾分申し訳なさそうに柊が言うと、サイトは顔色を失って肩を落とした。 「けど、親御さんとか友達に行方不明だって心配かけるよりはずっといいだろ?」 「それは、そうだけど」 理屈としてはそれは理解しているし、心情としてもそういった人達に心配をかけたくない、かけずにすむ事になって安堵しているというのは確かにある。 だが、その一方で自分がこんな事になっているのを知らず、自分がいない事に疑問も抱かないどころか気付いてさえいないという事実に、まるで見捨てられたような感覚も覚えるのだ。 矛盾した感情を上手く処理する事ができずに、サイトは呆然とメールの開かれたディスプレイを見つめることしかできなかった。 柊はそんなサイトを見やって口を開きかけたが、上手く言葉にできずに黙り込んでしまう。 部屋に下りた沈黙を破ったのは、搾り出すようなか細い少女の声だった。 「……サイト」 「テファ?」 振り返って彼女に眼を向け、サイトは眼を見開いた。 椅子から立ち上がり、しかし近寄りがたいように立ち尽くしてサイトを見やる彼女の顔は酷く翳っていて、今にも泣きそうに見えたのだ。 「その手紙……みたいなの、私には読めないけど……家族の事が書いてあったの?」 「あ……うん。まあ……」 サイト達がハルケギニアの文字を知らなかったのと同様、ティファニア達には地球の文字が読めないのでメールの内容はわからないだろう。 だが、その後の柊との会話でなんとなく類推することはできたはずだ。 誤魔化すこともできずにばつが悪そうにサイトが答えると、ティファニアは顔を俯けてしまう。 「ごめんなさい……」 「……テファ」 「私のせいだよね? 私がその地球からサイトを召喚しちゃったから、サイトは家族とも離れ離れになって……」 「い、いや。テファのせいじゃないって。別にわざとやった訳じゃないし、俺だって何も考えないで馬鹿みたいな事しちゃったからこうなったんだし」 サイトは慌ててティファニアに駆け寄ると、宥めるように肩に手を置く。 すると彼女は俯いたままサイトに身体を寄せて、顔を彼の胸に埋めた。 ――泣きそう、ではなかった。 サイトの胸にしがみつく様に身体を寄せる彼女は、泣いていた。 「ごめんなさい。私にできること、何でもするから。虚無の魔法っていうのも、覚えられるようがんばるから」 ティファニアはサイトに顔を向けないまま、肩を震わせて言う。 「――メロンちゃんとかもやるから」 「いや、メロンちゃんはもういいから!?」 マチルダの殺気が膨らんだのを察知して、サイトは慌ててティファニアの両肩を掴んで引き剥がす。 そしてサイトは見上げる彼女を真っ直ぐに見据え、ふっと笑って見せた。 「大丈夫だよ、テファ。柊も協力してくれるし、どうにかなるって。父さんとか母さんの事だって、叔父さんが上手くやってくれてるって書いてた。だからテファが心配することなんてない」 なおも不安そうな表情で見つめてくるティファニアの視線を受けてサイトは一瞬言葉につまり、そして少しだけ眼を反らしながら照れ臭そうに呟いた。 「だから、その……テファにそんな顔されてる方が、困る。テファは笑ってる方が似合うと思うし……その。ほら、俺、使い魔だから、テファのこと守るのが仕事だから、俺が泣かしたみたいなのは……」 「……サイト」 少し前にマチルダに似たような事を言ったのを思い出して口に出してしまったが、気恥ずかしくなったのかサイトは次第にしどろもどろになって最後には完全にそっぽを向いてしまった。 ティファニアはサイトの言葉を胸の裡で反芻すると、僅かに頬を染めてくすりと笑みを浮かべた。 それを見てマチルダは口の端を歪めてふんと鼻で笑い、柊もにやにやとした表情で「言うなあ」と零す。 周囲の反応を見やってサイトは羞恥に顔を染めた。 「か、勘違いしないでよね! これはただの使い魔の仕事なんだから!」 「なんでそこでツンデレなんだよ!?」 呻くように叫んだサイトにすかさず柊が突っ込むと、テファは今度こそ声を漏らして笑った。 沈殿してした空気がどうにか持ち直した事に柊は安堵を覚えつつも、 (……ルイズもこれくらい協力的だったらなあ) 僅かばかりの羨望を感じてしまった。 しかしよくよく考えてみると、ルイズは柊に対してはともかくエリスに対してはそれなりに柔らかい対応をしているし、エリスもうまくやっているようだった。 (もしかしてぞんざいに扱われてるの俺だけなのか……?) なんとなく釈然としない気分になった。 柊は気をそらすようにしてノートパソコンに眼を移し、サイトに声をかける。 「サイト。他のメール、いいか?」 「え? あぁ」 言われてサイトも思い出したかのように再びノートパソコンへと歩み寄る。 十蔵からのメッセージはあれで終わりだったが、送られてきたメールは一つだけではない。 残ったメールには全て添付ファイルがついているというのも気になる所だった。 サイトは二番目に送られてきたメールを開いた。 ※ ※ ※ 『追伸。 君を救出する事は叶わないが、せめてもの力添えをしたいと思いコレを送る。 もし君のいる世界が平穏に満ちた場所であったのなら、コレは無用の長物だ。 場所を取って大変邪魔になるので、このままファイルを開かずに放置しておいた方がいい。 だがもしそうでないのならば、コレは君の力になってくれるはずだ。 コレは君の翼だ。君にはコレを扱う「資格」がある。 俺の翼は既に折れてしまったが、君ならば俺の届かなかったあの蒼穹の果てにも辿り着けるだろう。 君に戦乙女の加護のあらんことを。 平賀 十蔵 』 ※ ※ ※ 「……なんだ?」 書かれている内容がいまいち理解できずサイトは首を捻ってしまった。 ちらりと隣の柊を覗いてみたが、彼もまた眉を潜めている。 ただ、その表情はサイトのように意味がわかっていないというのではなく、何事かを考えているようでもあった。 「どういうことか、わかる?」 「……なんとなく」 サイトの問いかけに柊は呟くように返した。 サイトの状況を理解していてこの内容だとすれば、おそらく送られてきたという『何か』はウィザードの技術を使ったものなのだろう。 更に言えば、文中で書かれていた通り『平穏でない場合に力添えになる』ものでもある。 添付ファイルで送られてきたという事はおそらくその中身は術式プログラムである可能性が高い。 術式プログラムとは回復魔法などと言った魔法技術を電子プログラム化して軽量化と効率化を図ったもので、中には魔術書一冊が丸々プログラム化してメモリの中に封入してある事さえある。 しかし、この術式プログラムをインストールするためには機器に《メモリ領域》という専用の記憶媒体が必要になるのだ。 これはかなり特殊な技術であり、柊やエリスの0-Phoneにすら搭載されていない。 「イノセントのPCにどこまでやってんだよ……」 普通に使う分にはまず気付かれない範囲とはいえ、いくらなんでもやりすぎな改造に柊は嘆息した。 そして不思議そうに覗き込んでくるサイトに眼を向けると、肩を竦めて見せた。 「まあ、お前の叔父さんが信用できる人なら悪いもんじゃねえだろ。開いてみればいいんじゃないか?」 「……んじゃ」 僅かに逡巡した後、サイトは添付ファイルを開いた。 ――同時にディスプレイ上にある全てのウィンドウが閉じ、画面一杯に新しいウィンドウが開かれる。 その直後、まるで滝のように意味のわからないプログラム言語が流れ出した。 「う、うわあっ!? な、なんだコレ!! ウィルスとかじゃねーの!?」 「俺にもわかんねえよ!」 怒涛の勢いで溢れ流れる文字群にサイトは思わず身を強張らせる。 処理が追いついていないのだろうか、PCがガリガリと嫌な音を立て始めた。 「大丈夫なのか? 本当に大丈夫なのか!?」 「だからわかんねえって――」 サイトが泡を食って柊に詰め寄ろうとした時、PCに更なる異変が起こった。 流れ続けるプログラム言語はそのまま、ディスプレイ上に淡く光る魔方陣が描き出されたのだ。 「お、俺のPCがァーーっ!?」 「さ、サイトちょっと下がれ!」 柊はサイトを引き摺るようにして後ろに下がらせて、PCとの間に立ち塞がるように位置取った。 危険はないとは思うのだが流石に不安になり、月衣からデルフリンガーを取り出すか数瞬迷う。 と、その間にPCの異音がぴたりと止まり、それと共に流れていたプログラム言語も停止した。 ディスプレイ上で淡く明滅する魔方陣に眉を潜めながら、柊はPCを――画面一杯に陳列するプログラム言語を凝視する。 この手の知識がない柊にはその内容も意味も全く理解できなかったが、かろうじて読み取れる単語を見つけ出した。 「ガーヴ……月衣?」 改めて画面を見渡すと、その単語がいくつか散見できる。 という事は、このプログラムと魔方陣は月衣に関する何かなのかもしれない。 サイトやティファニア、マチルダが言葉も失って呆然と見やる中、柊はPCに歩み寄ってディスプレイに手を伸ばした。 五指が液晶の画面に触れ――その手が画面の中に入り込む。 「な、なにしてんだ!?」 「……多分、この『中』に十蔵って人が送ってくれた物が入ってる」 「中ぁ!?」 この魔方陣はおそらくガンナーズブルームの圧縮弾倉と似たような代物なのだろう。 それをプログラム化して送ってくる辺り、平賀 十蔵というウィザードはかなり優秀な技術者のようだ。 「……あった。コイツは――」 中に収納されている『何か』を掴み取り、次いで眉を顰めた。 そして柊はソレをしっかりと掴んだまま引きずり出す。 魔方陣の中から現実の空間に顕れたそれは――巨大な剣だった。 「やっぱり、ウィッチブレードか」 ガンナーズブルームを始めとしたウィザード達が用いる『箒』――その中でも近接戦闘型のモノだ。 現在柊が所有している一世代前のガンナーズブルームはどこか機械的で無骨な印象があるが、こちらは現行型で全体的に洗練されたフォルムを持っている。 「す、すげえ……」 完全に現出したウィッチブレードを凝視しながら、サイトが感嘆にも似た声を上げた。 これまで呆気に取られるしかなかったマチルダは、やはりどこか呆然と言った態で呻く。 「……一体なんなんだ、それは……」 「箒……あー、『破壊の杖』の同類みたいなもんだよ」 「破壊の杖? 全然似てないじゃないか」 「用途が違うだけで同じ系統のモンなんだよ。あっちは『銃』でこっちは『剣』」 言いながら柊はウィッチブレードを起動させる。 反応を示す音と共に重低音が響き渡り、後部スラスターから淡い魔力光が零れだした。 動作は特に問題なさそうだ。 おおおー、と感動した面持ちで歓声を上げるサイトを他所に、柊はウィッチブレードの状態を確認していく。 オプションスロットには姿勢制御用のスタビライザと、出力上昇用のエネルギーブースターがいくつか。 いわゆるフル装備という奴である。 イノセントにどこまでやる気なんだよ、と柊は眉を顰めながら各部位をチェックし、 「……なんだこりゃ?」 思わず上擦った声を上げてしまった。 この箒、外見上はウィッチブレードに属するそれなのだが、中身がまるで別物で性能も奇妙な代物だった。 まず、スペックでいうと現行のウィッチブレードをかなり上回っている。 柊の知る限り現行の箒の中では最上級とされる『エンジェルシード』と比較しても遜色ない……どころか、それすら凌駕しているといっても過言ではない。 ――のだが、『制限機動』というモード設定によって出力と一部機能にリミッターがかけられている。 しかも肝心要のコアユニットが現行のウィッチブレードと同一規格なので、スペックを十全に発揮するには出力が圧倒的に不足していた。 例えていうならF1のレーシングカーに普通車のエンジンを載せているようなものだ。 通常のウィッチブレードと同程度の性能は発揮できるとはいえ、これでは竜頭蛇尾もいいところではないか。 「試作機……未完成品ってところか」 言いながら柊がウィッチブレードを軽く振るうと、剣身に通常の魔導具に用いられる魔術刻印のルーンとは異なるサインを見つけた。 記された文字は『VALKYRIE-03』。 「ヴァル……ヴァルキューレ03? この機体の名前か?」 ナンバーが振ってあるという事はあるいは何らかのシリーズのコード名なのかもしれない。 そんな事を考えていると、サイトが弾けるように叫んだ。 「ひ、柊! それ、見せてもらってもいいか!?」 「お、おう。まあ元々お前用に送られてきたんだしな」 好奇心を抑えきれないといった様子のサイトに少し気後れしながらも、柊は念のためウィッチブレード――ヴァルキューレ03を機動停止させてサイトに手渡す。 歓声混じりで子供のようにヴァルキューレ03を手に取り、あちこち観察するサイトを柊は嘆息しながら見つめた。 「うおー、すげー! かっこいい!!」 「馬鹿、振り回すんじゃない! 玩具じゃないんだよ!」 実際に『破壊の杖』の挙動を見た事のあるマチルダが抗議交じりに柊を見たが、彼は軽く手を振った。 「機動した状態じゃなきゃ単なる馬鹿でかい鈍器だから、あの時みてえな事はできねえよ」 言って柊は改めてPCに向き直った。 箒を取り出した事で再起動がかかったのか、PCの画面はウィンドウの開いていない初期の状態に戻っている。 メールソフトを開いてみると、添付ファイルの着いた複数のメールの内最後の物以外は全て開封済みになっていた。 唯一の未読メールを開いてみると、それは箒の取り扱いについてのマニュアルだった。 ふと思い立ち、柊は先程の月衣もどきが機動したプログラムを再び起動してみる。 しかしファイルの破損によりプログラムは実行されなかった。 どうやら内容物を取り出した事でプログラムだかステータスが書き換わってしまったようだ。 複製は不可能なのがわかって柊は軽く舌打ちする。 そして柊はしばし何かを黙考した後―― 「サイト」 「え、なに?」 「……大事な話がある」 努めて真面目な表情で柊が言ったので、浮かれ気味だったサイトも僅かに眼を見開き黙り込んだ。 そして柊は重々しく口を開く。 「お前、確かルーンがガンダールヴって言ってたよな?」 「あ、うん。何かブリミルがどうとか伝説の使い魔だとか」 「そうだな。伝説の使い魔って話だったな。……伝説の使い魔だったら、使う武器もそれにふさわしい伝説の武器の方がいいと思わねえか?」 「え? そりゃまあ、それもお約束だしなあ」 「そうだろうそうだろう。そこでお前にいい話がある」 「い、いきなり胡散臭くなったぞ」 「まあそう言うなよ」 言いながら柊はおもむろに月衣からデルフリンガーを引っ張り出した。 『なんだ、やっと出番か? 待ちくたびれたぜ……いや、月衣の中じゃ時間経過とかあんま関係ねーんだけど』 「け、剣が喋った!?」 驚きを露にするサイトをよそに、柊は至って真面目にサイトに語りかけた。 「こいつはデルフリンガー。かつてガンダールヴが使っていたという伝説の魔剣だ。訳あって今は俺が使ってるが、 やっぱ伝説の剣は伝説の使い魔が使うのがふさわしいと思うんだ。デルフもそう思うだろ?」 『なんだ、その小僧ガンダールヴなのか? まあ確かにガンダールヴ用の能力もあったような気もするが……』 「そんなのあったのか」 『多分』 「そうかそうか、なら話は早ぇ」 そして柊は気持ち悪いくらい朗らかにサイトに笑いかける。 「デルフもこう言ってるし、こいつを本当の意味で使いこなせるはお前なんだ……そう、お前だけだ!」 「お、俺だけ……!?」 超嬉しそうに声を上擦らせるサイト。 何故かデルフリンガーも嬉しそうに声を上げる。 『こ、これはアレか? 俺様の真の所有者を巡って争いが勃発!? やめて、俺様のために争わないで!!』 そして柊が畳み掛けるようにサイトに詰め寄った。 「そんな訳だからコイツとその箒を交換してくれ!」 「ヤだ」 『またしても即答!』 「チッ!」 デルフリンガーが愕然と叫び、柊が忌々しげに舌打ちする。 「いいじゃねえかよ! 今から箒の使い方覚えるよりも普通の剣の方が扱いやすいだろ!?」 「ふっ……よくわかんねえけど、ガンダールヴのルーンがあると武器の使い方がわかって身体も軽くなるんだよ。だから全然問題ないし。何なら今からコイツを起動させてやるぜ?」 「くっ……なんだよそのインチキくせえ能力!」 悔しそうに、そして羨ましそうに顔を歪める柊にサイトは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。 「それにこれは叔父さんから貰った大事なモンだし! 喋るのは珍しいけど普通の剣よりこっちの方が格好いいし、強そうだし!!」 『……おい小僧』 意気揚々とヴァルキューレ03を掲げてのたまうサイトに、酷くくぐもったデルフリンガーの声が響いた。 「あんだよ」 『屋上。……じゃねえ、表に出ようぜ……久々にキレちまったよ……』 わなわなと震えた声でデルフリンガーはそう漏らし、次いで爆発したように叫びだした。 『外面ばっかで選んでんじゃねえよこのボケッ! 男だったら中身で勝負しやがれ!』 「いや中身でも圧倒的にあっちのが上だろ」 『やかましい! とにかく、テメェみてえなド素人のガンダールヴに使われるぐれえなら相棒の方が百万倍ましだってんだよ!!』 柊の突っ込みを無視して喚き散らすデルフリンガーを、サイトは流石にこめかみを引くつかせて睨みつける。 「なんだよ、喧嘩売ってんか? ……上等じゃねえか。古臭え伝説に現代の戦術って奴を思い知らせてやるよ」 『やってみろよ。新しいモン好きのバカガキに伝説の信頼と実績って奴を見せ付けてやらあ』 お互いに顔(?)を突きつけてにらみ合う一人と一本を見ながら、柊はおずおずと手を上げる。 「おい、おかしくねえか? その流れで行くならデルフを持ったガンダールヴのお前が箒持った俺とやるのが正しいだろ?」 「細かいことはいいんだよ!」 『もう何がなんだかよくわからねえがとにかくそういう事なんだよ! おら、行くぞ相棒!』 「またこんなかよ!」 召喚されて早々にギーシュとの決闘に巻き込まれた事を思い出し、柊は思わず叫んでしまうのだった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (48)戦いの火 トリステイン四万。 ガリア一万七千。 ロマリア八千。 それが地空合わせた、集結する予定の連合軍の全容であった。 「……壮観なものですね、これほどの船舶が一同に会するというのは」 アンリエッタが呟いた。 白地に百合の描かれたトリステイン国旗を掲げる多数の軍艦、その中でも一際壮麗にして巨大なフネ、旗艦『メルカトール』。 そのブリッジに、今女王としてアンリエッタは立っていた。 「ガリアとロマリアの先遣隊も続々合流しております。本隊も合流するとなれば、この倍にも膨れあがりましょう」 脇に控えたマザリーニの言葉。 「分かりました……先発している地上軍の様子はどうですか?」 続けてアンリエッタはもう片方に控えていた軍服の軍人に顔を向けて、その軍人――将軍ポワ・チエが答えた。 「はっ。先頃対空施設への攻撃を開始したとの報告が入ったところです。我々が到着する頃には制圧している頃かと思われます」 「……そうですか、兵達の士気はどうですか?」 「そちらも万端、何の問題もありません。我が軍の兵士達は皆、女王陛下の元で戦えることに気を漲らせています。このたびの戦、必ずや我々の勝利に終わるでしょう」 「わかりました……」 その発言に、アンリエッタは心中にて思う。 (やはり、ポワ・チエ将軍は無能ではありません……が、有能でもありませんね) 彼が言ったような生やさしい戦いではないことを、アンリエッタは予感していた。 「そうなると、やはり最大の懸念事項が気になりますね……」 「……懸念、ですか?」 「ガリアとロマリアです」 (……若い人材の育成と確保は、我が国の今後の重要課題事項となるでしょうね) アンリエッタの言葉通り、ガリア軍は万全の体制とは呼びがたい状態にあった。 ガリアは虎の子の両用艦隊を今回の戦に駆りだしている。 しかし、その士気は低い。 その理由を記すにはまず背景となっている事情を知らねばならない。 元々、近年のガリアは王であるジョゼフに従う勢力王党派と、それに反発する謀殺された弟シャルルこそが王に相応しかったとするオルレアン公派との間で、軋轢が広がっていた。 表だっての内戦にこそ発展していなかったものの、それは宮廷内部だけではなく地方領主にまで及んでいた。 何かの契機があれば王家がひっくり返る、そう言う瀬戸際にまで、王家とりまく情勢不安は拡大していたのである。 加えて、王宮は先王ジョゼフの浪費のためにひっ迫した財政状態にあり、そのツケが民衆に跳ね返ってきていたことで、貴族の間だけではなく、平民達の間でも国王に不満を持つ者がほとんどという有様であった。 このような状態で、先王ジョゼフの娘として即位したイザベラへの風当たりも相当に強いものであった。 更に悪いことに、イザベラ自身もあまり評判の良くない王女であったこともこれに拍車をかけた。 特に、隣国トリステインの王女アンリエッタとの比較は彼女の評判を大いに貶める原因の一つとなっていた。 その後、先王ジョゼフの謀殺された弟、その忘れ形見である一人娘のシャルロットを身内として遇し、オルレアン公爵家の名誉を回復し、彼女を新設した近衛騎士団の騎士団長に任命したことで、多少風向きも変わった。 変わったが、それだけである。 それまでの不信を拭い去るほどのものではない。 シャルロットを側に置いたのは、狡知に長けたイザベラの人気取りと取る見方も強く、 特に強硬な反王党派貴族の間では、弱みを握られたか魔法で心を操られたシャルロットが、イザベラに無理矢理に従わされているのだという流言が流布し、イザベラを打倒してシャルロットを王にせよと声高に叫ばれるほどであった。 このような内政不安を抱えた情勢で、イザベラが国外へ動かせる兵士の数にはやはり限界がある。 頼みの綱は諸侯の提供する兵力であったが、これも拒否する者が現れる始末。 特に先王ジョゼフに領地を没収されて、かねてから不満を募らせていた貴族は断固としてこれを拒否、無理強いをすれば内戦に発達しかねないという体たらく。 士気が低い理由は他にもある。 ガリア王国はこの戦が始まった当初、アルビオン神聖共和国と軍事同盟を締結し、トリステイン王国・ゲルマニア帝国に敵対して宣戦布告まで行い、一度は矛まで交えた。 それが短期間の間に翻され、敵であったはずのトリステインと同盟を結んで、アルビオンを裏切ったのである。 これに対して『大義はどこにあるのか』という疑問が末端の兵士の間で拡大し、それが全体に普及するのにそう時間はかからなかった。 結果、両用艦隊を中心として数の上こそ一万以上の兵力が揃えられはしたが、その士気は著しく低いものとなっていた。 両用艦隊の旗艦、アルビオンの超大型艦『レキシントン』が沈んだ今となってはハルケギニア最大のフネである『シャルル・オルレアン』の甲板の上で、イザベラは向かい風を浴びながら、腕を組んでまっすぐに先を見つめていた。 目線の先には、帝都ウィンドボナがあるはずだった。 既にゲルマニア領空に入ってから一日近くが経過している。トリステイン軍と合流する手はずとなっているウィンドボナ南西の空域は近い。 「本当に、付いてきて良かったのか?」 イザベラは、そう背後に居るはずの少女に声を掛けた。 「……いいの」 言葉を返したのは、マントを羽織り、肩にオルレアン公を示す紋章が刺繍されている学生服風の制服を着ている少女。 タバサことオルレアン公爵家当主、シャルロットであった。 「トリステインに母上を残してきているんだろう? そっちについていた方がいいんじゃないのか?」 その言葉にシャルロットは首をふるふると横に振ると、続けて言った。 「……こっちの方が、心配」 心配、あの人形娘が心配である。 その変化に、イザベラはくつくつと笑いをこぼした。 「はんっ、お前に心配されるほどあたしは耄碌しちゃぁいないよ。私はお前の力なんかこれっぽっちも必要としちゃいないんだよ。だからさっさとどことなりでも好きに行くといいさ」 それでも、ポーズは崩さない。 自分と従姉妹の、そんな関係もわりかし気に入っているのだ。 「素直じゃない」 「その方が格好良いだろ?」 そう言うと彼女は前を見たままニヤリと笑った。 さて、ガリアは兎も角、トリステインがそれだけの大軍をこの戦に動員できたことには訳がある。 通常、敵国領土内に軍を派遣する侵略戦争の場合、周辺諸国に隙を見せないために、ある程度の防衛戦力を国内に残すのが普通である。 これは、その戦略上の基本を無視したからこその大軍であった。 防衛最低限の兵力すらも攻撃に割り当てる。なりふり構わぬ捨て身の攻撃。 それが、参謀達が提案し、アンリエッタが承認した秘策であった 宗教庁から『聖戦』こそ引き出すことこそできなかったが、連合軍にロマリアを引き込んだから今だから成り立つ戦略である。 宗教庁が事実上認めた戦争で、同盟国を背後から攻撃するなど、ロマリアにもガリアにもできはしない、少なくともアンリエッタはそう思っていた。 事実、内部に情勢不安を抱えるガリアにはその余力は無かったし、宗教庁を実体上の長としているロマリアは、面子にかけてそのような真似はできなかった。 だが、それでトリステインを攻撃可能な国が無くなったわけではない。 地理上、トリステインに隣接している国はガリア、ロマリアと、もう一国あるのだ。 ゲルマニアである。 大きな音を立てて門が破られる。 トリステインを東西に走る街道の街セダンに、敵が雪崩れ込んでいた。 攻撃を仕掛けたつもりで、その実仕掛けられていた。 強烈なカウンターアタック。 アンリエッタの誤算、それはアルビオンの速すぎる『足』であった。 『あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ』 『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー」 『お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛』 甲冑を身につけた腐った死体達が、街の中を全力疾走していた。 その行軍速度は常軌を逸している。 武装した不死者の大軍、それが、疲れを知らぬことを良いことに、整備された街道を恐ろしい早さで移動しているのだ。 この勢いなら途中にあるいくつかの都市を踏みつぶして街道を踏破し、一両日中には首都トリスタニアまでたどり着いてしまうだろう。 その様はゾンビと聞いて緩慢な動作しか出来ないと思い込んでいる人間にとっては、驚愕以外の何者でもない。 だが、幸いにしてそれを前にして卒倒するような人間は一人もいなかった。 いや、街道の街セダンには、人っ子一人残っていなかった。 アンリエッタの誤算、それすらも読んで手を打っていた者が一人いたのだ。 ウルザである。 ウルザは街の全ての住人を、呪文を使って強制的に避難させ、そこの一つの秘策を施した。 その策の要となる人物が街の中心部、高い尖塔の上から地上を見下ろしていた。 「なんてことだ……」 彼は、手足をちぎれるほどに振って、腐汁をまき散らしながら駆け込んでくる完全武装の不乱死体を目にして絶句した。 はげ上がった頭、手には彼がメイジ出あることを示す杖、そしてローブを纏っている。 彼は眼下で起こっている、決壊した川のように死体が雪崩れ込んでくる光景を前に、立ちすくんでいた。 学院の教師、コルベールであった。 その姿はやつれ、疲れた印象を受ける。 いや、事実、彼は全てに疲れ果てていた。 驚きに開いていた目を閉じる。 頬に冷たい風が当たる。その冷気がひんやりと心地よい。 不安にざわめく心を宥めてくれる。 「行き着く場所がこんなところなら、悪くはないのかもしれません……」 暗い過去に思いを馳せながら、そう呟いた。 ジャン・コルベールという人間の半生は、苦悩と共にあった。 タングルテールにあった村を焼いたあの日から、コルベールは常に後悔の炎にその身を焦がし続けてきた。 もしも誰かがそのことを責めてくれたなら、彼の気持ちも多少楽になったのかも知れない。 しかし、幸か不幸か、二十年間彼を弾劾する者は現れなかった。 その間、コルベールは償いとして自分にできる精一杯を尽くしてきたつもりだった。 希望ある若者達に道を示し、破壊と悲しみしか産まぬ火の力を、人々のために役立てる方法は無いかと探ってきた。 全ては償いのためだった。 だが、それこそが相対の連鎖の始まり。 罪の意識に駆られて、代償行為としての贖罪を行う。 しかし加害者としての記憶は、癒えることのない罪の傷跡となり、新たな罪の意識を生み出していく。結果として終わることのない連鎖が生まれてしまう。 罪を償っても償っても、自分が自身を許せはしない。 永久に終わることのない無限贖罪、それが彼を苦しめているものの正体。 彼が強い、あるいは弱い人間だったならば、円環を形成する前に、忘れてしまえたかも知れない。 しかし、コルベールは強くもなければ弱くもない、ただの凡人だった。 彼がここでウルザに頼まれたのは、王都へと迫る脅威の足止めだった。 つまり、今、街を蹂躙している者達を、コルベール一人で止めねばならない。 軍隊相手に、たった一人で足止めを行うなど、聞いたこともない。 しかし、心当たりが無いわけでもない。 結局コルベールは、その頼みを断らなかった。 契機はこれまでいくつもあった。 復讐に取り付かれた狂人、ウルザの姿――自分には想像もつかないような長い時間を、復讐に執着して生きてきた狂人の姿は、彼に復讐と贖罪の違いはあれど、その行いに終わりがないことを告げていた。 道徳の守護者、教皇の言葉――悔いながら、死ぬまで贖罪に全てを捧げ尽くせという、彼の未来を絶つ言葉。 それらは一つの理由にしか過ぎない。だが、彼の選択の後押しをするものとなった。 コルベールは杖を床に置き、足下に置いてあった革袋から、金属の光沢を放つ一組の籠手を取り出した。 そしてゆっくりとそれを手にはめる。杖を取る。 準備は整った。 さあ、終わらせよう、何もかもを。 「ウル・カーノ・ジュラ・イル……」 基本は発火。 それを複合的かつ持続的に掛け合わせてルーンを構成、イメージを形にしていく。 両手につけたグローブのような籠手が、精神力を増幅し、より明確にイメージを現実にしていく。 本来では扱えぬであろう秘奥の境地まで、コルベールを導く。 「ウル・カーノ……」 胸の前で一度手を組み、それから徐々にそこを放していく。 放した両手の間、その何も無い空間を目標に精神を集中させる。 するとそこに小さく光が灯った。 「ウル・カーノ……」 イメージするのは、細かく小さな粒の加速、加速、加速。 呪文を重ねがけするたびに、光の勢いが増していく。 そこで起きているのは、基本の応用、ようは発火の魔法と同じことである。 ただし、本来のそれとは質と規模が違う。 精密精緻。コンマの誤差も許されない呪文操作によって、目的とする空間の温度だけを加熱していく。 「ウル・カーノ……」 最強の系統は何か? そう問われて、メイジならば大体は己の系統を答えるだろう。 コルベールもそう、彼の場合は火だと思っている。 彼の場合、それは何も自信や慢心からそう思っているのではない。 理論や経験でもって、火であると確信を持ってそう答えるものである。 風は偏在し、水は蘇生させ、土はどんなものであっても形作るであろう。 だが、火はそれらとは根本的に次元が違う。 「ウル・カーノ……」 火は、何もかもを焼き尽くす。 それは術者ですらも、例外なく。 「ウル・カーノ・ニエル・ゲーボ」 コルベールの絶望を乗せて呪文は完成し、 『オビリスレイト』 世界は赤い炎に包まれた。 「……嗚呼、神よ……」 最初に気がついた男、行商人の呟き。 セダンの街から十リーグ離れた山中を歩いていた彼は、世界が壊れたような音と衝撃で異変に気がついた。 何を起きたのかを確認するためにその方角を見たとき、彼は生涯に渡って忘れられぬ光景を目にすることとなった。 空がオレンジに染まっている。 地上から天へと、見たこともないような形の巨大な雲が伸びている。 それはまるで大きな笠を持ったきのこのような形をしていた。 何が何だか分からない。だが、恐ろしく冒涜的な光景であることは確信できた。 『きっと地の底から、地獄がこの世に顔を出したに違いない』 そう思った男は、その場に膝を突いて体を震わせながら神に祈りを捧げたと後に語っている。 その日から、地図の上で、一つの街が抹消されることになる。 戦いの始まりだ! 女王を称える、ときの声をあげろ! ――トリステインの兵士 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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トリステイン魔法学院の一室、ルイズとみかんが生活する部屋は、ここしばらく無人だったが、昨日その住人が帰ってきた。 主人が不在の間もメイドによって清潔に保たれ、出発する前と全く同じ様子の部屋とは逆に、ルイズの表情はあまりにも暗く変化していた。 最愛だったはずのワルドが王党派を毒殺したあの日、ルイズはギーシュの使い魔によってどうにか戦火から逃れることができた。 しかし、その思い出から逃れることができず、今だに苦しんでいる。 レコン・キスタとトリステインは和解をしたらしい。 それでも警戒を解くことはできないため、姫様の婚約の話はそのままだ。 手紙は、みかんが持って逃げ出していたために無事だった。 手紙を姫様に渡す際、ウェールズ皇子の最後を聞かれ、ついワルドと勇敢に戦って死んだと応えてしまった。 友を戦火に巻き込んだお詫びにと、旅立つときに預けられた指輪を頂いたが、その感動が理解できる状態ではなっかた。 いまでも目をつぶればあの冷たい目で自分を見つめていた皇子の死体が思い浮かんでしまう。 まだ明けたばかりの空をぼんやりと眺めていると、オルトロスが扉の方を向き、みかんを起こした。 あの日以来みかんはオルトロスに寄り添うように眠るようになったのだ。 扉が開くと、そこにはミス・ロングビルがいた。 「あら、もう皆さんお目覚めでしたのね。オールド・オスマンが呼ばれていますよ。朝食の前にこちらに来てほしいとのことです。それでは」 こんな朝早くに一体何だろうか? あのワルドとの決闘騒ぎで噂になってしまっていたみかんのシントウと呼ばれる魔法もみかんが実はメイジであったことやさらに異世界から来たことなども全て話合ったはずだ。 身に覚えのないルイズは、疑問に思いながらも着替えを始めた。 ついてこようとするみかんには「呼ばれたのは自分だけだから」と断っておいた。 扉をノックし、挨拶をする。 「ルイズです。ご用件とは一体なんでございますか?」 「おお、とにかく入りなさい」 促され入るとオスマンの机の上には一冊の本が置かれていた。 「おはよう、ミス・ルイズ。実は姫様からおまえさんに頼みがあると言われたのでな」 「姫様から?」 無意識に顔をゆがめてしまう。 また危険な目だろうか? 姫様への忠誠心こそ変わらないがあの恐怖を忘れることも無理だろう。 そんな感情を読んだのかオスマンは朗らかに続けた。 「明後日の結婚式のことは知っておるじゃろう?」 「はい」 この学園で知らないものがいるわけがなかった。 明後日は姫様の結婚式だ。 授業は午前までで、この学院の生徒は全員パレードに参加する。 特にルイズやみかんは特別席に招待されることになっている。 あの作戦に参加したギーシュやキュルケ、タバサもだ。 キュルケやタバサには作戦の詳しい内容は知らされていないが、一応国家のために尽力をつくしてくれたのだから招待しないわけにはいかないということだ。 表面上はルイズの特別親しい学友だからということになっている。 「それでじゃな、姫様はお前さんに結婚式の祝詞をたのみたいとおっしゃったのじゃよ」 「姫様が?!」 「うむ、つい先ほどいきなり使者の者が来おってな。この本をワシに預けて行ったんじゃ」 「そんないきなり…」 「いきなりじゃからこそなるべく早く知らせようと思ったのじゃよ」 それでこんな朝早くに呼び出されたのか、そんなことよりも自分がそんな一大事を?! 混乱するルイズにオスマンは説明を続けた。 「これは始祖の祈祷書と呼ばれるあの伝説の本じゃ。もっとも中身は白紙で偽物も甚だしいのじゃがな。祝詞を読み上げるものはこの本を手に読み上げる決まりになっておる。手放すなよ?」 「も、もちろんです!!手放したりなんてしません!!」 「ふむ、よろしい。ではもう下がってよいぞ」 あまりの急展開に頭がついていかないまま、ルイズはふらふらと部屋に戻って行った。 朝食を取り終えたルイズは祈祷書を眺めながらぼんやりと椅子に腰かけていた。 隣では自分よりも食べる速度の遅いみかんがパンをかじっている。 何人ものメイジがみかんに奇異の目を向けている。 おおよそすべての魔法を発動すら不可能にする先住魔法の使い手といてみかんは有名になっているのだ。 しかも決闘が目立ちすぎたために、グリフォン隊のワルドと行動を共にしていたこともばれてしまっている。 侯爵家であるルイズとその使い魔であるみかんがグリフォン隊の人間と行動を共にしていたとなれば噂にもなる。 今回のレコン・キスタとの唐突な和解にも何か関係しているのではないかという噂すらあった。 しだいに居心地の悪さを感じ始めていたルイズがみかんを急かそうかと思い始めたころ、コルベールが大声でみかんの名前を叫んだ。 「ミス・ミカン!!いますか!!」 「こるべーる先生?」 食堂で叫ぶという非常識な行動をとがめる声もあったが、興奮状態にあるコルベールはそれを無視して尚も叫んだ。 「早く!!早く君が召喚された広場まで来てください!!」 「ミスタ・コルベール、いったい何をそんなに騒いでおられるのですか?」 「ミス・ヴァリエール、大変なことが起こっているのです!!ミス・みかんの仲間を名乗る方が!!ミス・ホナミとミスタ・イバがミス・みかんを迎えに来られたのです!!」 「「えぇ?!」」 次からの投下は避難所で行います このスレの趣旨とはずれていくと思いますので
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第七十七話 ウルトラマンの背負うもの くの一超獣 ユニタング 登場! 「ねえ、神さまっているのかな?」 「なあに、シーコったら突然?」 「えへへ、ちょっと昔を思い出しちゃったの。お父さまたちが生きてたころは、降臨祭のときにみんなそろってお祈りしてたじゃない……」 「ええ、あのころはみんな幸せだったね……」 「うん、戻れるものなら戻りたいね。そういえばさ、シーコは去年はなんてお祈りしたの?」 「みんなとずーっと、いつまでもいっしょにいられるようにって。だってさ、神さまって正しい人の味方なんでしょ? 姉さんたちは みんなすごく優しいから、不幸になることなんて絶対ないって。だからみんないっしょにいれたら、それが一番幸せなんだと思って…… へへ……お願い、かなっちゃったね」 「そうね……でも、かなえてくれたのは神さまじゃないわよね。わたしたちみんな、悪い子になっちゃったんだもの……」 「なにがいけなかったんだろうね。神さまは、わたしたちのことが嫌いなのかな……」 「ほんと、シーコみたいにいい子のこと忘れちゃうなんて、ひどいやつだよ。けどもういいじゃない……いろいろあったけど、こうして もう一度セトラ姉さんもエフィ姉さんも、キュメイラ姉さんもディアンナ姉さんもイーリヤ姉さんともいっしょにいれるようになったんだし」 「こらビーコ、ユウリにティーナのこともちゃんと数に入れてあげなさいよ」 「エーコこそ、そのふたりに限って姉さんとつけないんだからいっしょだよ……ふわぁ……どうしたんだろ、急に眠くなってきちゃった」 「わたしも、なんか眠いよ」 「しょうがない子たちね。わかったわ、あとで起こしてあげるからしばらくお眠りなさい」 「もう、エーコは相変わらずシーコには甘いんだから。けど、目が覚めたらお父さまとお母さまにまた会えるような気がするよ……」 「ええ、わたしも……」 「おやすみ、みんな……」 「いつまでも、いっしょだよ……」 闇に食われた魂たちが眠りに落ちるとき、悲劇の凶獣はその本性を表す。 鋭い牙の生えそろった口で空高く吼え、人間の作り出した建物を踏み壊して暴れまわる様はまさしく悪魔の使いにふさわしい。 悪魔の誘惑に乗って、魂を売り渡した人間の末路……それは自らもまた悪魔となること。 そして、身も心も闇に染まった魂が救われることは、もはやない。 東方号の完成まで、あと数時間と迫った造船所。この世界を覆う暗雲を晴らすべく、人間たちが心血を注ぎ込んで作り上げた 希望の飛翔を妨害せんものと、ヤプールはくの一超獣ユニタングを送り込んできた。 倉庫街に四度出現し、再び暴れ始める超獣を迎え撃たんと、ウルトラマンAも姿を現した。 しかしこの戦いが、光の戦士とともに戦う才人とルイズにとって大きな試練になろうとは、このときの彼らはしるよしもない。 「ヘヤァ!」 戦闘態勢をとり、油断なく敵を見据えるエースに一寸の隙もない。鋭い眼差しは戦闘開始の咆哮をあげるユニタングの 一挙一投足を余さず睨み、燃える闘志は三人分が全開でたぎる。 〔サイト、東方号が飛び立てるようになるまで、あとどれくらい必要?〕 〔あと少なくとも二時間はいるってさ。できたばっかりの水蒸気機関をあっためるにも時間はいるし、実際はさらに時間かかるだろって コルベール先生は言ってたぜ〕 〔はぁん、機械ってのはいろいろめんどうなのね。てことは、時間稼ぎじゃ生ぬるいわね。散々引っ張りまわされた分、利子つけて お返ししてあげましょうか!〕 〔ああ、十倍返しでいこうぜ!〕 〔ふたりとも燃えているな。ようし、ならば私も負けてはいられないな。いくぞ! 勝負だ!〕 ユニタングが倉庫の残骸を蹴り倒したのを合図として、戦いの火蓋は切って落とされた。 ウルトラ兄弟の中でも、常に前に進むタイプの戦い方を得意とするエースの戦法は先手必勝あるのみだ。両者の間合いが 一気に詰まると、すれ違いざまにエースの手刀がユニタングの胸に火花を散らせる。 「トァッ!」 第一撃の手ごたえ、あり。手刀が肉に食い込んで、エネルギーがほとばしる感触は確かに得た。 だが、この程度で倒せるような相手ではないことはわかっている。実際、ユニタングはたいしたダメージを受けたようには見えず、 今度は向こうからユニコーンのような一本角を振りかざして襲ってくる。だが、真っ向きって受け止めるのは馬鹿のやることだ。 〔なんのっ!〕 寸前まで引きつけてかわしたエースは、ユニタングの背中を思い切り蹴っ飛ばした。たまらず、勢い余ったのも含めて別の 廃倉庫に頭から突っ込んでいく。たちまち三件ほどの廃倉庫が崩れ落ち、近場に合った給水塔跡や見張り小屋などもあおりを 食って、ガラガラと音を立てて崩れていった。 〔しまった、少しやりすぎたか〕 エース・北斗が、百メートル四方が一気に壊滅してしまった様にまずそうに言った。怪獣との戦いで、街にある程度の被害が 出てしまうのはやむを得ないが、町への被害は最低限に抑えるのが基本である。メビウスは最初、ディノゾールとの戦いで これを知らなかったために街の一角を壊滅状態にしてしまい、当時隊員だったアイハラ・リュウに怒鳴られてしまったことがある。 けれども、ここでの戦いなら問題ないとルイズは言った。 〔気にしなくていいわ。どうせこのあたりはいずれ取り壊す予定だって聞いたから、むしろ手間がはぶけるってものよ。だから 遠慮なく、あいつをぶっ飛ばしちゃってちょうだい!〕 〔そうか、そういうことなら本気を出していいな!〕 エースは、血気盛んなTAC隊員北斗星司だったころに戻ったように言った。好戦的、といえば少し違うだろうが、ウルトラ兄弟の 中で誰が一番血の気が多いかと問われれば、まずエースが選ばれるのは間違いない。 ゾフィー・マン・セブンは生真面目な理性派だし、若い頃は無謀さが目立ったタロウやレオも現在では教官を務めるほどに 落ち着いており、教職にあった80は言うに及ばず、ジャックも自らの心の隙を突かれた経験を多く持つせいか猪突はしなくなっている。 が、中で例外的に若い頃とたいして変わっていないのがエースである。考えるよりも先に手が動き、感情が隠れず表に出る。 タロウが地球で戦っていたころも、メビウスのころも弟がピンチになると真っ先に飛び出したがったのはエースだった。恐らくは、 エースと同化した北斗の元々の性格が強く影響したのだろうが、それであるがゆえに才人やルイズとの相性はよく、シンクロの 度合いは人間とウルトラマンが同化した中ではトップクラスだろう。 「トォーッ!」 ユニタングの角からの緑色破壊閃光をかわしてエースが跳んだ。跳躍五百メートル、太陽を背にして空中できりもみ回転 しながら落ちてきたエースは、ほとんど直角からユニタングの後頭部に急降下キックをお見舞いする。 〔どうだっ!〕 重量物が超高速で激突したときに起こる爆発音にも似た衝撃波が空気を揺るがし、超獣にそのぶんの打撃を与えた。 前のめりにのけぞって苦しむユニタング。が、超獣の強靭な生命力は人間であれば頚椎粉砕するほどの衝撃にも耐えて、 なおも十分以上の余力を持って反撃に出てくる。 刃物になった腕に鋭い牙に角、肉体そのものが武器である超獣をエースは素手で迎え撃つ。 「テヤァァッ!」 パワーにまかせたユニタングの攻撃をさばき技で威力を殺して受け流し、中段キック、頭部へのチョップ打ち下ろし、すばやく 腰を落としての下段キックの三連コンボが炸裂する。だがユニタングはそれにも耐えて、エースへと執念じみた執拗な攻撃を 仕掛けてくる。 〔ヤプールの怨念のなせるわざということか、しかし私も負けるわけにはいかない!〕 生き物という枠に入る『怪獣』ならば、まだ生きるために暴れていると認められる点もあるが、悪意によって動いている『超獣」は なにがあっても絶対に認めるわけにはいかない。エースとユニタングの、息もつかせぬ攻防は続く。 しかし、戦いの流れは目に見えてエースに傾いていった。ユニタングも弱い超獣ではなく、この個体も対エース用に先代の 個体よりも攻撃力が引き上げられているのに、なぜかというと。 〔お前の攻撃方法はみんな予習済みなんだよ!〕 才人が得意げに言ったのには訳がある。昨日、それにおとといと続いたユニタングの出現に、才人は戦うことになったらなにが なんでも逃がすまいと、GUYSメモリーディスプレイを使ってユニタングのデータを徹底的に暗記してきた。さっきの破壊閃光を エースが簡単に避けられたのも、実は直前に才人がアドバイスしたからなのだ。 今では以前に直接戦ったエース本人よりもユニタングに詳しいだろう。まったく、地球にいたころにその勉強熱心さの半分でも あれば優等生になれたに違いないが、そのおかげで得た才人の自信と情報アドバンテージは確かだ。ウルトラマンを倒そうと 狙う宇宙人も、強豪と呼ばれる一団の大半は事前にウルトラマンの戦法や能力を徹底的にリサーチしたものばかり、ならば、 その理屈がウルトラマンにも適用されないはずはない。 攻撃を一方的に受け続けて、かつ自分の攻撃はことごとく外されたユニタングは怒って、めちゃめちゃに手足を振り回しながら 向かってくるが、そうなればかえってエースの思う壺なのはいうまでもない。エースも足場が壊れることを気にする必要が ないので、好きなように身をかわすことができ、むろんユニタングの得意技に対しても構えはできている。 業を煮やしたユニタングの、鋭いハサミになった手からの白い糸攻撃。忍者漫画で言うのならば、忍法蜘蛛の巣とでも 名づけられるべきかもしれないそれがエースをからめとろうとしてくる。 「セヤアッ!」 掛け声とともにエースは側転して糸攻撃をかわした。しかし、外れた糸が当たった廃倉庫は、糸の強烈な粘着質とユニタングの 怪力によって持ち上げられ、分銅のようにエースに襲い掛かってくる。 〔エース、危ない〕 〔大丈夫だ!〕 才人の叫びに応えて、エースは飛んでくる倉庫をパンチで破壊すると、ユニタングの糸を逆に掴み取った。そしてそのまま 深く足をふんばり、漁師が地引網を引くときのように力を込めた。 〔いくぞ、力比べだ!〕 ユニタングもエースの意図を悟って、雄たけびをあげて糸を引っ張り返す。ここに、超獣とウルトラマンの巨大な綱引きが スタートし、両者は相手を力の限りを尽くして引っ張り合った。 「ヌオォォッ!」 マンモスタンカーを軽々持ち上げるエースの筋肉が猛り、ユニタングもパワーを全開にして張り合う。 ギリギリと、糸の張力を限界まで使った綱引きは、互いに譲らず互角の様相を見せている。そんな力と力の純粋な勝負に、 両者の足元の石畳の道は砕け散り、空からは駆けつけてきた竜騎士たちが歓声を送った。 「がんばれウルトラマン」 「腰を入れろ! 引き倒せぇ!」 その応援が、拮抗していた両者のバランスを突き崩した。 「トァァッ!」 一瞬、大きくパワーを増したエースの引き倒しが見事に炸裂した。ユニタングは正面から倒されて廃倉庫を押しつぶし、 連鎖して崩れてきた瓦礫を全身に受けてもだえている。 やった! すごいぞと歓声があがった。ウルトラマンは光の使者、その力の源は太陽の光のみならず、人々の心の光に よるところが極めて大なのである。 そう、闇は常に孤独だけれども、光あるところには人は自分以外の誰かを見出すことができる。応援してくれる人々の声の ひとつひとつは小さなものであっても、重なり共鳴すればそれは大きなパワーとなって大歓声へと進化するのだ。 攻めるのはいまだ! エースは起き上がろうとしているユニタングに駆け寄って蹴り飛ばすと、うつぶせに倒れたユニタングの 背中に馬乗りになり、頭をつかむと地面に何度もぶっつけてやった。 「テヤァッ! トアッ!」 組み合った状態からの連続攻撃もエースの得意技のうちだ。特に頭への攻撃はどんな相手にも有効な打撃となりえる。 ユニタングは額から何度も石畳にぶつけられてふらふらだ。やっとエースを振り払って起き上がったかと思ったが、自慢の 一本角はふらふらと揺らめいていてたよりない。 そこへエースは間髪いれずに追撃の光線を叩き込んだ! 『パンチレーザー・断続光線タイプ!』 額のウルトラスターから放たれる青色光線パンチレーザー、そのエネルギーを機関砲のような弾丸に変えた光線が ユニタングに命中して爆発、巨体を弾き飛ばす。 〔ようし、効いてるぞ!〕 通常はけん制程度の威力しか持たない光線でも、相手の弱点をついたり状態を見極めて使えば威力以上の効果を 発揮することもできる。かつて初代ベロクロンの口を狙って放ったパンチレーザーが、口内のミサイル発射機を爆発させて、 さらに体内の高圧電気袋にも大ダメージを与えて戦闘の決定打になったときがそれに当たる。 今回も、ユニタングは万全ならば平気で耐えられただろうが、すでにダメージを負って防御力が弱っていたのが痛手になった。 人間も気力が充実しているときと意気消沈しているときとでは、同じように殴られても痛さが違うのと理屈はいっしょだ。 〔今がチャンスだ、たたみかけるぞ!〕 〔おう!〕 〔ええ!〕 エースの合図に従って、才人とルイズも気合を入れる。三人分の闘志が最大限に共鳴したウルトラマンAはまさに、 天下無敵の力を発揮した。 「トァァッ!」 走り寄ってのジャンプキックがよろめかせ、ミドルキックが超獣の胴を打ち、無理やり引き起こしたところで投げ飛ばす! 至近距離での格闘戦では、ひじうち、膝蹴り、正拳突き! ダメージは一方的にユニタングに蓄積し、対してエースのカラータイマーはまだ青のまま。 これまでのハルケギニアの戦いで、ここまで圧倒的な戦いに持ち込めたことはなかった。事前の情報とそれに対する 備えの万全さが最高のコンディションを生み、本来互角であるべき戦いのてんびんを大きく傾けている。 この好機を逃してはならない! エースは一気に決着をつけるべく、体を大きくひねって必殺光線の態勢に入った。 〔くらえ! メタリウム!〕 だが、まさにそのときだった。 「待って! その超獣はエーコたちなの! 殺さないで!」 突然響いた悲痛な声に、メタリウム光線をまさに発射しようとしていたエースは感電したかのように動きを止めた。 〔な、なんだって!?〕 〔今の声は……あの子〕 声のした方向をエースの視線を借りて見たルイズは、ボロボロのなりをしたベアトリスが祈るようにエースを見上げているのを見た。 彼女の顔は泥で汚れ、ルイズから見ても美しかった髪は黒く焼け焦げている。それにミシェルのマントを外套のように体に 巻いており、一見してただごとではないことはわかった。 エースはユニタングへの攻撃をやめて、じっとベアトリスを見下ろした。ベアトリスはエースの視線が自分を向いていることに びくりとしたが、おびえる彼女をミシェルがはげました。 「大丈夫、思い切って全部話して。ウルトラマンは、きっと聞き届けてくれるでしょう」 「うん……お願い、聞いてウルトラマン! その、その超獣はエーコにビーコにシーコ、わたしの友達たちなの! みんな、 元々はただの人間なのに、あんな、あんな姿に……わたし、もうどうしていいのかわからなくて、お願い、彼女たちを殺さないで! 助けて、あげて……」 それ以上はもう言葉にならなかった。ただでさえ折れそうな心を必死に奮い立たせて叫んだのだろう。大粒の涙を流して ミシェルの胸に顔をうずめてしまい、後は糸が切れたように泣き続けた。 しかし、勇気と気力を振り絞ったベアトリスの叫びは、確かにエースの心に響いていた。詳しい事情は今の話だけでは わからないが、あの涙を信じられないようではウルトラマンとして失格だ。才人とルイズも、さして関わりが深いというわけではなくとも、 ベアトリスが涙をだしにした嘘をつくような下劣な人間ではないと信じている。 心を落ち着けて立ったウルトラマンAの目が光る。彼女の言葉を信じ、とどめを刺す機会を自然と棒に振って透視能力を使い、 ユニタングの体内を見通した。 すると、どうか! 〔くっ、なんてことだ! あの超獣の体内には、大勢の人間の魂が閉じ込められている〕 エースは、目に映った光景のあまりの凄惨さに抑えきれない憤りを交えた声で言った。ユニタングの体内には、まるで幽閉か 人質のような形で魂が封じ込められている。もしも、さっきあのままメタリウム光線を放っていたら、あの魂たちも巻き込んで 粉々にしていたところだった。 もちろん、驚いたのは才人とルイズも同じである。 〔な、ふざけんなよ! おれたちは危うく人間を殺しちまうとこだったのか!〕 〔エーコたちって、確かベアトリスの側近の三人のことよね。でもまさか、人間が超獣になるなんて、そんなことがありえるの?」 〔少数だが、ある。くそっ、ひでえことをしやがるっ!〕 人間が超獣化した例は、牛の怨霊に取り付かれた男が変貌した牛神超獣カウラや、地球人ではないが乙女座の精が 異次元エネルギーで変異させられた天女超獣アプラサール、なりかけらされた例としてはマザロン人の差し金で妖女に 変貌していた妊婦のことがあげられる。 今回のことはそれらの例の中ではカウラに近いが、変貌させられたのが複数で合体変身していることと、超獣化の後は 魂が気球船超獣バッドバアロンに捕食された魂のように体内に閉じ込められている点で違う。しかも、魂の様子を観察すると、 単に体内に閉じ込められているどころではないことが才人とルイズにもわかってきた。 〔これは、魂がマイナスエネルギーの鎖でがんじがらめにされてやがる〕 〔ヤプールがいかに人間を信用してないかって、いい証明ね。この子たち……エレオノール姉さまやちぃ姉さまくらいの人もいる。 みんな無理矢理眠らされて、ひどい〕 〔どんな理由があってヤプールと取引したかは知らないが、これじゃあんまりだ〕 くもの巣にかかった羽虫も同然に拘束されている魂の姿に、才人とルイズは心の底から憤った。が、今の才人たちは 悪の所業を他人事として見て傍観してすますような無責任な子供ではない。 〔なるほどな。ユニタングは、十人の人間に分離変身できる超獣だったはず。けど、今回は十人の人間が融合合体してるってことか〕 ある意味では才人とルイズが合体変身するエースと同じということかと才人は思った。つまり、かつてのユニタングとは性質を 正反対にしてきたということになる。 しかし、大事なのはそんなことではない。ユニタングが体内に人間の魂を宿しているということはすなわち、エースが絶対不利に 陥ってしまったことを意味していた。 態勢を立て直し、逆襲に転じてきたユニタングの攻撃がエースを襲う。なぎなたのようにふるわれるユニタングの腕、だがエースは 避ける事は出来ても反撃することはできない。そして追い込まれたエースに、ついにユニタングの攻撃がヒットしてしまった。 「グッヌォォッ!」 顔面を強打され、よろめいたエースをユニタングは押し倒して乱打する。マウントポジションをとられ、防御もままならない エースに、容赦ないユニタングの攻撃は続く。そのあまりに野蛮で暴力的な攻撃ぶりに、ミシェルやサリュアは〔ほんとうにこいつは、 元は人間なの!?〕と思い、苦悶の声を漏らすエースにベアトリスも思わず叫んだ。 「やめて! やめてエーコ、ビーコ! あなたたちはそんなことをする人間じゃないでしょ。止まって! わたしの話を聞いて!」 いくら超獣に変えられてしまったとはいえ、元がエーコたちならとベアトリスは呼びかけた。 だが、必死の叫びにも関わらず、ユニタングはぴくりとも反応しなかった。 「どうして! なんで答えてくれないの。わたしを憎んでたんでしょう! どうして」 「恐らく、ウルトラマンの姿を見たら人間の魂は封印されるように仕掛けられてたんだろう。卑劣なヤプールのことだ、人間を 信用せずにそれくらいの仕掛けをしていてもおかしくはない!」 悲嘆にくれるベアトリスの肩を抱きながらミシェルは吐き捨てた。かつて二度に渡ってヤプールと直接対峙したときの、 あの人間を見下しきった気配は忘れようとしても忘れられるものではない。エーコたちにも、利用する目的で近づいたのだろうが、 やはりただで人間に力を貸すわけがなかったか。 「それじゃあ、もうどんなに呼んでもエーコたちにはとどかないってことなの?」 「ええ、それに奴は侵略よりもウルトラマンAへの復讐を主眼にして行動しているふしがある。十人もの人間を改造したのも、 侵略作戦よりもいざというときにエースへの人質として使えると思ったからだろうな」 ミシェルの推測はほぼ当たっていた。ヤプールは、姉妹の復讐のためと銘打って彼女たちに超獣の力を与えて、その代わりに 侵略の尖兵として動くことを強いていたが、ウルトラマンAが現れたときだけは人間の意識を消し去って凶暴な戦闘獣に なるようにとセットしていたのだ。 理由は、むろんヤプールのエースへの恨みの深さが第一である。ヤプールは人類以上の高等知的生命体であるが、 マイナスエネルギーの集合体であるがゆえに感情の激するところは人間の何倍も大きい。知性と野心では侵略を望んでも、 それ以上に深いのが復讐心だ。 だがむろん、悪辣なヤプールの考えはそれだけではない。知性を奪ったのは、元が人間であるがゆえにウルトラマンAと 対峙することになったらおじけずくかもしれないことと、万一にも寝返ることを避けるためだ。むろん、最大の利点は人間であれば 人質として使えるからに他ならない。 〔うかつに攻撃したら、中の魂までもが巻き添えになる。しかも、肉体ごと変わっているから魂だけ取り出すこともできないっ!〕 エースはユニタングの攻撃を耐えながら苦悶していた。かつて、超獣バッドバアロンやギーゴンに閉じ込められた魂を 解放したときには、元の肉体が存在していたから魂は帰ることができた。しかし今回は人間そのものが超獣に変えられて しまっているために倒すわけにはいかない。 「ヘヤアッ!」 なんとかユニタングを押しのけてエースは立ち上がった。しかし、受けたダメージは思いのほか大きく肩で息をしている。 しかも、カラータイマーも点滅をはじめて、悩んでいる時間もないことを示している。 どうすればいい? どうすれば! 雄たけびをあげるユニタングと泣きじゃくるベアトリス。勝とうと思えばすぐにでも勝てるが、両者がエースに必殺技を 撃たせることをためらわせている。 そのとき、悩むエースと才人にルイズが毅然とした声で言った。 〔迷うことはないわ、とどめを刺しましょう〕 〔ルイズくん?〕 〔ルイズ! お前、何を言い出すんだよ!〕 思いもかけないことを言い出したルイズに、エースはもとより才人は大きく反発した。相手は元々人間だぞ、言うまでもない ことが口に出掛かるが、それは冷静を超えて冷酷とさえ言えるルイズの言葉にさえぎられた。 〔落ち着いて考えなさい。今この状況で超獣にされてしまった人間を元に戻す手段があるっていうの? ヤプールがそんなに 甘い相手じゃないってことはよくわかってるじゃない。ここでわたしたちが敗れたら、東方号は確実に破壊されるわ。そうしたら、 サハラに行くことも不可能になって、ハルケギニアの滅亡につながるのがわからないの〕 〔うっ、でも相手は人間だぞ!〕 〔今はもう悪魔の手先よ。わたしだって、エーコたちのことは少しは知ってる。ベアトリスの様子を見れば、あの子がどれだけ 彼女たちを大切に思っていたかもわかる。だからこそ、これ以上苦しまないようにしてあげるべきじゃないの〕 〔うっ、けどな……〕 ルイズの言うことが正論だということは才人にもわかった。しかし、それでも納得できずにいる才人にルイズは怒鳴った。 〔いいかげんにしなさい! わたしたちがどれだけ重いものを背負ってるか忘れたの? わたしだって、できるものなら 助けてあげたいわ。けど、あの子たちのために世界を滅ぼすわけにはいかない。誰かがやらなきゃいけないなら、その苦しみを 受けるのはわたしたちであるべき。悪魔と戦うっていうのは、そういうものじゃないの!〕 ルイズの気迫に才人は圧倒された。同時にルイズが大きな苦渋に耐えていることも伝わってきた。 なにかを守るためには、ほかのなにかを犠牲にしなければいけないこともある。ベアトリスをこれ以上苦しめないためにも、 エーコたちがこれ以上罪を重ねないためにも、死なせて解放させてやろう。そのための苦しみを受ける覚悟、才人はルイズに 強い正義の信念を見た。 だが。 〔だめだ、おれには殺せねえ〕 〔サイト! あなたまだ強情をはるの! それでも〕 〔ふざけんじゃねえ!〕 〔なっ!?〕 それまで耐えてきた才人の放った突然の怒号は、決意を固めていたルイズをも圧倒した。 〔ああ、お前の言ってることは正論だろうよ。だがな、『悲しいけど覚悟して死なせて、仕方がなかったんだごめんなさい』なんて、 そんなのきれいにまとまってるだけでただの尻尾切りじゃねえか! 切られたほうは何も救われねえだろうが〕 〔っく! 理想論を語ってるんじゃないわよ。それができればどれほどいいか! でも、可能性は限りなくゼロ、現実を見なさいよ〕 〔現実か、そんなもの言われなくても誰にだって見えるさ。ウルトラマンは神じゃない、届かない願いもあれば救えない命もある。 確かにそのとおりだと思うし、ましてやおれみたいなバカにゃ方法は思いつかねえ……だけどな〕 才人はそこで一度言葉を切り、そして魂の全力を込めたような叫びを放った。 〔たとえ可能性がゼロでも! 百人が百人とも見放しても! それでも助けを求める人がいるなら手を差し伸べるのがヒーローだ! ヒーローってのは悪人を倒すやつのことじゃねえ、悪人から弱い人を守るやつのことを言うんだ! ヤプールに騙されてたってなら、 張り倒してでも目を覚まさせて連れ帰す。それができなきゃ、ただの殺し屋となにが違うってんだよ!〕 才人の気迫はルイズに震えすら感じさせるものだった。才人にも、ルイズの正義の信念と真っ向からぶつかっても譲れない 思いがある。 ルイズは、なにを夢みたいなことをと怒鳴ろうとしたが、それをエースに止められた。 〔そうだな、才人くんの言うとおりだ。人を救うことを、あきらめちゃいけない〕 〔エース! あなたまでなにを〕 〔ルイズくん、君の言うことは正しい。しかし、人の命はそれ以上にかけがえのないものだ。思い出させられたよ、力は誰かを 助けるために使ってこそ意味がある。ウルトラマンの本分は、助けを求める人を決して見捨てないことにあるんだ!〕 エース・北斗の胸中には、故郷M78星雲光の国のウルトラ兄弟の姿が浮かんでいた。 何千、何百年の時を超えて宇宙の平和のために戦い続けてきた宇宙警備隊、彼らを支えていたのは守るべき人々の幸福な笑顔。 背中に子供が花を摘んで遊んでいられる世界があったからこそ、ウルトラマンたちはどんな苦しい戦いにも望んでいけたのだ。 それをあきらめて妥協したりしたら、ウルトラの父に雷を落とされてしまうだろう。 〔でも! 実際に元に戻す手段はないのよ。どうするのよ?〕 〔いや、才人くんの言葉で気がついた。ひとつだけ可能性がある〕 〔えっ!〕 エースは暴れるユニタングの、その体内に幽閉されている魂を指して言った。 〔あの超獣が、人間が変身してしまったというなら、肉体は変わってしまっても彼女たちのもののはずだ。だったら、彼女たちの 意識を目覚めさせたら、肉体の主導権が戻るかもしれない〕 〔なるほど! テレパシーで呼びかけるってわけですね〕 〔そうだ、外側から助けることはできなくとも、内側からならあるいは。だが、この方法は大きな危険もともなう。くっ!〕 身をかわしたエースのそばをユニタングの放った糸の束が通り過ぎていく。それだけではなく、接近打撃戦を挑んできた ユニタングを受け止めて、防戦をはじめながらエースは告げた。 〔超獣め、心はなくとも本能で向かってくる。これの相手をしながらテレパシーを使うのは骨だぞ〕 〔ええっ! じゃ、どうすれば〕 〔なにを驚いてるんだ、人を助けるっていうのは簡単じゃあないってことは君もよくわかっているだろう? 悪いが、テレパシーに 意識を向ける余裕は私にはない。代わりに、君たちが使うんだ〕 〔おれたちが、ですか?〕 〔そうだ、使い方は私の記憶を通じてすぐにでも知ることが出来る。ただし、集中を欠いたら通じない上に精神力を一気に 削られてしまうから気をつけろ。超獣は俺がなんとしてでも抑え込んでおく! 頼んだぞ!〕 エースはそう告げると、本能のままに襲い掛かってくるユニタングを迎え撃ちに意識を集中させていった。一人称が 俺に変わっているのは北斗星司の意識が強くなっているからか、下手に傷つけるわけにはいかないので、力を加減して かつ自分のエネルギーを少しでも節約しながら戦うのは相当に集中力をようする。これからエースに才人とルイズを支援する 余裕はないといっていい。 しかし、意気はあっても考えは追いつかない才人がとまどっていると、ルイズが一喝した。 〔しっかりしなさいサイト! あの子たちを助けるって言ったのはあんたでしょう。もたついている時間なんて一秒だってないはずよ! わたしもやるから、ぼやっとしてないでしゃんとしなさい!〕 〔ルイズ、お前反対してたんじゃ……?〕 〔あんた、わたしを血も涙もない鬼みたいに思ってるんじゃないでしょうね。わたしだって、誰かの泣き顔を見るのはだいっ嫌いなのよ! 人の命にかえられるものはないんでしょう。なら、ぐずぐずしない!〕 〔ルイズ……ああ!〕 才人はルイズの迷いのない言葉に目が覚めたように思えた。さっきは怒鳴ったのが恥ずかしい、ルイズにも人を助けられるなら 迷わず危地に飛び込む熱い魂が宿っていた。 ウルトラマンAは突進を繰り返してくるユニタングを抑え、牽制しながら時間を稼いでいる。しかし、カラータイマーが鳴り出した 以上は長くは持たないのは明白であった。 エースが必死につなげてくれているチャンスを無駄にするわけにはいかない。テレパシーを使ってエーコたちの意識を呼び戻し、 ユニタングを自分自身の意思で人間体に戻らせる。だが、ヤプールによって人間の盾となるべくユニタングの中に幽閉されている魂は、 簡単に目覚めさせられるものではないだろう。 〔ルイズ、やるか?〕 〔待って、このまま呼びかけても、あの闇の力の封印力は強すぎるわ。赤の他人のわたしたちの声じゃあ、心の底までは届かないかも〕 〔……だったら〕 〔ええ、方法はひとつしかないわ〕 才人とルイズは自分たちの力でできる唯一の道に、すべてを懸ける決意をした。それは、ふたりの精神エネルギーを一気に すり減らしかねない危険なものであったが、迷いはなかった。 ふたりが思いついた、いちかばちかの唯一の可能性。それを明かしたとき、ふたりを激励したエースでさえ一瞬動揺を 見せたが、それしかとるべき道はないことはすぐに理解した。 〔わかった。しかし、テレパシー能力をそんな使い方をした前例はほとんどない。ましてや、君たちは私の代役で能力を 制御するのだから結果はどうなるか完全に未知数だ。下手をすれば、三人とも致命的なダメージを受けることにもなるぞ〕 〔かまわないわ、後でああしておけばよかったって一生後悔し続けるよりは万倍もましよ。決めたからには、なにがなんでも あの子たちを助ける。ラ・ヴァリエールに二言はないわ!〕 自らが傷つくことなどはまったく念頭にないルイズの叫びに、エースは感心し、才人は頼もしさを覚えた。 突進してくるユニタングを弾き飛ばし、エースは両腕を素早く回転させてから体の前でクロスし、腕全体から強烈な発光を放った。 『ストップフラッシュ!』 閃光状の活動停止光線を受けて、ユニタングの動きが凍りついたように止まる。これで、わずかな時間ではあるがユニタングの 動きは封じられた。そしてそれを維持するため、エースは気合を振り絞って念を飛ばした。 『ウルトラ念力!』 敵の体を念力で縛って行動を封じるこの力、これならば力の続く限りユニタングの動きを封じ続けることができる。ただし、 膨大な集中力をようするウルトラ念力を使い続けるためには、ウルトラマンAはその間まったく身動きすることさえできなくなる。 残り少ないエネルギーを使っての足止め、チャンスは今しかない。 意識を集中し、才人とルイズは脳波のベクトルを自分たちを中心にしたものから、自分たちを中継地点にしてテレパシーを別の 場所へと飛ばす。その流れに乗って、エースは自らの思念をルイズたちの示した相手へと送った…… 〔ベアトリス……ベアトリスくん……〕 「えっ! だ、誰? 今わたしを呼んだのは」 「姫殿下? 誰と話しているのです」 〔すまないが、説明している時間がない。君の友達を助けるのに君の力が必要だ、目をつぶって気持ちを落ち着けてくれ〕 「エーコたちを!……わかったわ」 半信半疑ながら、わらにもすがりたい思いのベアトリスは言うとおりにした。手を組んで目をつぶり、ちょうどお祈りをするときと 同じ姿勢で、意識を静まり返らせる。すると、ベアトリスの脳裏に直接イメージが転送されてきたではないか。 光に満ちた世界に佇む、銀色の巨人。ベアトリスはその手のひらの上にいた。 〔よく来てくれた。私の声が、聞こえているか?〕 〔ウルトラマンA!? あ、あなたがわたしを呼んだの?〕 〔そうだ、よく聞いてくれ。今、君の友達はあの超獣の体内に魂を封印された状態になっている。助けたいが、私だけの力では ヤプールの呪縛を打ち破ることは出来ない。彼女たちを目覚めさせ、人間に戻すためには君の呼びかけが不可欠なんだ。 協力してほしい〕 〔わたしの、呼びかけが……〕 〔そうだ、魂に呼びかけるには魂を持ってするほかはない。そして、それができるのは世界でたったひとり、君だけなんだ。 彼女たちへの愛がこもった君の声以外に、闇の底に沈んだ彼女たちの心に届くものはないだろう。私は彼女たちを死なせたくはない。 頼む、時間がないんだ〕 ウルトラマンAの要請に、ベアトリスがたじろがなかったとしたらうそになる。普通の人間にとって、ウルトラマンが自分に 語りかけてくるというそれだけでさえ、大いなる驚きであろうに、ベアトリスの精神力はすでに磨耗の極にあった。 だが、それでも彼女は自己喪失には陥らなかった。全身を覆う疲労感も痛みも、のた打ち回りたいほどの吐き気もなにもかも 忘れて、ただ大きな叫びをあげた。 〔やるっ、やるわ! あの子たちを助けられるならなんでもする。まだ言ってあげたいことも、してあげたいこともいっぱいあるんだもの。 死に逃げなんて絶対に許さない! クルデンホルフの姫に手を上げたことだって忘れない! 誰一人だって、天国になんて 行かせてあげない。それがわたしの復讐なの! お願い、力を貸してウルトラマン!」 言っていることは滅茶苦茶だが、言葉の奥に込められた熱い思いは嫌というほど伝わってきた。 人は憎しみで道を誤ることはある。しかし、誤った道から誰かが手を差し伸べれば戻ってくることもできる。 ウルトラマンAはベアトリスの思いを受け取り、才人とルイズは意識を集中してベアトリスの心をユニタングの中へと続く道を作った。 暗い暗い闇の沼の中へと、ベアトリスの魂は落ちていく。やがて、その闇の底へと沈んだ魂に、小さな声が届き始めていった。 〔エーコ……ビーコ……シーコ……起きて……〕 暗い闇の中で、誰かの声がする。 〔起きて……わたしの声を聞いて、お願い〕 女の子? 誰だろう……? 〔起きなさい! この、わたしの命令が聞けないの?〕 うるさいな、人がせっかく静かに眠っているというのに、この蓮っ葉で、無遠慮さはどうだろう。 〔エーコ、起きなさいよ。あなたはいつでもわたしより先に起きて待ってたでしょ。寝坊なんて許さないわよ、エーコ、エーコ〕 今度は、誰かの名前を呼び始めたようだ。エーコ、どこかで聞いたことがあるような……ああ、そうだ。 『エーコ』……そういえば、それがわたしの名前だった。 少しずつ、思い出してきた。 そう、わたしの名前はエーコ。元トリステイン貴族の十四歳、ビーコとシーコはわたしの妹の名前。上には姉が七人いる。 栗色の髪の丸顔、中途半端に髪を束ねるのは子供っぽいと言われるけど、気に入ってるんだからしかたがない。 これが私、エーコという人間。 そして、この憎たらしくも愛おしい声が誰なのかも、少々不本意ながらも思い出した。 「まったく、やっと楽になれると思ったのに。どうして邪魔をしにくるんですか?」 「あなたたちに、死んでほしくないからよ!」 目を開けると、寝起きだというのに大声でがなりたててくる女の子がいた。 やれやれ……どうしたんですか、その顔は? まるで以前にハチに刺されたときみたい、あんまりうるさいものだからビーコとシーコも起きちゃったみたい。 まったく、あなたはいつでもわたしたちを困らせますね。今度は『死ぬな』と、きましたか。 『死ぬ』……『死ぬ』ということがどういうことなのか……ふと考えて、夜眠れなくなった思い出があった気がします。 人は死んだらどこに行くのか、神さまの使いという人が書いた本には天国というのがあると記してあったけど、尋ねて教えてくれる人はいなかった。 当然だよね。死んだ先を見て、帰ってきた人なんていないんだもの。 なのに……神さまって不公平だよね。まだ死んでもいないのに、なにも悪いことはしていないのに、地獄だけは見せてくれるんだもの。 だからわたしたちは悪い子になっちゃって……そしたら、天罰だけはしっかりくれるんだもの、嫌になる…… でも、犯した罪の取り返しのつかなさはわかる。わたしたちは、なんの罪もない人にひどいことをしてしまった。 償いは、しないといけない。 銃士隊に追い詰められて、周到に用意してきた復讐劇のシナリオが破れさったと思い知らされたとき、姉さんたちは実力行使に出ようとした。 超獣ユニタング……それが、わたしたち姉妹が自らの肉体の代償として手に入れた力。 けど、悪魔からもらった体には、わたしたちも知らされていなかった毒が含まれていたらしい。 目の前に現れたウルトラマンAを見たとたんに、体の自由が利かなくなった。それだけではなく、全員の意思を統率していたセトラ姉さんが 突然なにも答えてくれなくなって、ほかのみんなも次々に意識を失っていった。 どうやら、ヤプールはわたしたちの体を、ウルトラマンを見たら超獣の本能が目覚めるように仕組んでいたらしい。 気づいてみたら、馬鹿な話だ。人間を滅ぼそうとするヤプールが、ほんとうに人間に手を貸すと信じていたわたしたちが…… けれど、これでよかったのかもしれない。どのみちわたしたちには、明るい未来なんてありえるはずはないってわかっていたし。 みんなが堕ちていき、最後に残ったのはわたしとビーコとシーコだけ。 でも、あの子たちは少しも取り乱すこともなく、ただ疲れただけのように眠っていった。 そして、わたしも…… まるで、ぬるま湯の浴槽に浸かっているような、けだるくて心地よい感覚……それが激しい眠気を誘って、意識が黒く染められていく。 もう動きたくない、なにも考えたくない。暗くて気持ちのいい世界……そう、ここでこうしていたら、そのうちお父さまとお母さまのいる 世界にも行けるだろうから、もう何もいらない、やっと安らかに眠ることができる。 それなのに、あなたはどうしてもわたしたちを楽にはしてくださらないのですね…… 悪を倒すことは誰にでもできる。なぜならそれは暴力だから。 しかし、正義を貫くことは難しい。なぜなら、人を救うためには優しさが必要であり、人を救わない正義はすなわち悪なのだから。 戦えば楽に勝てる。しかし、かけがえのない命を闇から救うために、ウルトラマンAの力に頼らない困難な闘いが始まった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第40話 才人からの贈り物 隕石小珍獣 ミーニン 隕石大怪獣 ガモラン 毒ガス幻影怪獣 バランガス 登場! 時に、ブリミル暦紀元前……この惑星は死の星と化していた。 ルイズたちが生まれる、六千年以上もさかのぼるはるかな過去の時代。平賀才人は、この時代の大地を踏みしめて歩いていた。 「サハラから西へ旅を続けて、もう一ヶ月は経つな……けど、今日も見えるのは砂嵐と荒地ばっかりか。ほんとにここが将来ハルケギニアになるなんて信じられないぜ」 汚れた空に、乾ききった大地がどこまでも連なる光景に、才人のつぶやきが流れて消えていく。 才人の周りでは、彼の属するキャラバンが、砂ぼこりを避けるためのぼろに似た外套をすっぽりとかぶって粛々と隊列をなしている。彼らは将来、この地がアルビオンと呼ばれる国になることを知らない。 そう、この時代の彼らにとって、確かな未来などというものは何一つとしてなかった。あるのは、なにもわからない明日へとつながっていく今日のみ。 キャラバンは才人を含めて、百人を少し割る程度の人数で組まれ、そこには人間以外にもエルフや翼人など様々な種族が混じっている。 そして、このキャラバンを指揮するリーダーの名前はブリミル。後の世で、ハルケギニアの歴史を開いた始祖ブリミルとして崇められる人物である。 しかし、今のブリミルには聖者としてあがめられるようなものはまだなにもない。ただひたすら、仲間たちとともにわずかばかりの物資を積んだ荷車を引いてあてもない旅を続ける放浪者に過ぎなかった。 「サイトくん、大丈夫かい? よかったら、水ならまだあるよ」 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」 先行きが見えない旅では、物資の浪費はあらゆる意味でつつしまねばならない。水くらい、魔法で作り出せるけれども、いざというときのために精神力はなによりも節約せねばならないものだということを才人も心得ていた。 けれども、才人は自分を案じてくれたブリミルの優しい眼差しには心から感謝していた。こうして間近で見るブリミルの姿は、どこにでもいる平凡な青年のそれそのものだ。”現代”のハルケギニアで語られているブリミル像のほとんどが、想像による虚構でしかないのであろう。 ヴィットーリオの虚無魔法によって、この時代に飛ばされて以来、才人は彼らと行動をともにしてきた。自分がなぜこの時代に飛ばされてきたのか、才人にはわからない。ヴィットーリオが意図したものとは思えなかったし、つたない想像力を働かせてみると……暴走した虚無の力が、その源流へと帰ろうとしたのか、そういうところだろうか。 もっとも、才人にとってはどうでもよかった。この時代に来てしまったのが偶然であれ必然であれ、現代のハルケギニアで起きている問題の原因はこの時代にさかのぼってしまうのだ。謎に迫るのに、現代ではわずかな資料から推測することしかできなくても、この時代に来て当事者たちと行動をともにすること以上があるだろうか。 この時代を襲った大厄災、光の悪魔ヴァリヤーヴ。それらの正体を知って、現代に持ち帰るという使命感で才人はブリミルたちについてきた。その中でブリミルや仲間たちとも気心も知れてきたのだが、生まれも種族も違っても、皆いい人ばかりだった。こんな世界では、助け合わなくてはとても生きていくことはできない。 特に、ブリミルに次いでキャラバンのリーダーシップをとっているのが、隊の先頭に立って歩んでいるエルフの少女だった。 「みんな、ちゃんとついてきてる? 砂嵐には注意して、隣にいる人が離れてないか確認を忘れないでね! 誰かいなくなったら、すぐに大声をあげるのよ!」 「うわあ、サーシャさん、がんばってるなあ。ブリミルさん、水ならおれよりあの人に持っていってあげてください」 「いやいや、僕が持っていったら余計なことするんじゃないわよって怒鳴られるよ。水はサイトくんが持って行ってくれ。やれやれ、リーダーは一応僕なんだけど、あれじゃどっちがリーダーかわからないよなあ」 苦笑するブリミルの視線の先には、金髪をなびかせてキャラバンを鼓舞するエルフの美少女、サーシャの姿があった。彼女こそ、この時代の、そして最初の虚無の使い魔ガンダールヴであり、ブリミルのパートナーだ。 そして彼女こそ、才人たちの時代にも現れたウルトラマンコスモスのこの時代での変身者だった。 この世界に迷い込んで、あのカオスドルバとの戦いを経てからずいぶんと長い間旅を続けてきた。それは、各地を回りながら生き残りの人を探し、救っていく、あてもない旅。だが、そうするしかないほどに彼らは弱体であり、頻繁に襲ってくるヴァリヤーグとの戦いは彼らに消耗を強いた。 「光の悪魔……てか、ありゃどう見ても宇宙生物だよな。怪獣に取り付いて操って、この星を征服しようとでもしてやがんのか? けど、おれたちの宇宙にはあんなやつはいないしなあ……せめて話でもできればと思っても無理だったし」 ヴァリヤーグはどこから沸いてくるのか、いくら倒してもいっこうに攻撃が緩む様子もなく、ヤプールとの戦いを続けてきた才人も辟易としていた。対話を試みても、相手には知性があるのかどうかすら疑わしい。残念ながら、ヴァリヤーグと呼ばれている光の生命体が感情を持つようになるのは、はるかな未来の話なのである。 わずかな手がかりを頼りに、かつて街や村だった場所を訪れてみることを繰り返す日々。が、そのほとんどはすでに廃墟と化しており、生存している人はよくて数人であった。それでも、絶望に耐えて生き延びていた人たちはブリミルの仲間に加わり、困難な旅へと同行することをためらわなかった。 つらい旅ではあったが、廃墟にとどまって死を待つよりは、自らの足で最後まで歩き続けるほうがまだ希望がある。カオス化した怪獣たちはブリミルの虚無とウルトラマンコスモスの活躍で撃退し続けることができた。浄化した怪獣たちを眠りにつかせ、襲われていた人々を仲間に加えて旅を続けて、少しずつキャラバンは規模を広げていった。 しかし、襲ってくるのはヴァリヤーグばかりではなかった。この世界にいる怪獣たちの中には、ヴァリヤーグとは関係なく襲ってくるものもいたし、才人がいた時代と同じように原因のはっきりとしない異変と遭遇することもあった。 その中のひとつの、ある事件と、そこで出会った小さな仲間。それが、才人とハルケギニアの未来を大きく揺るがすことになる。 ブリミルのキャラバン隊の、荷車のひとつの上から才人にかわいらしい声がかけられた。 「きゅうーん」 「こらミーニン、顔を出しちゃダメだろ。まだ外は空気が悪いんだ、次の休憩地まで中でおとなしくしてな」 「きゅう……」 才人は、甘えるような声をかけてきた赤い小さな生き物に、ちょっと厳しめに言った。 その生き物は、才人の知っている珍獣ピグモンにそっくりな容姿をしていた。性格も同じようにおとなしくて友好的で、今ではキャラバンの仲間としていっしょに旅をしている。 ミーニンは、才人に叱られると残念そうな顔をしてから荷車の中に引っ込んだ。荷車の中からは、ミーニンのほかに数人の子供の遊ぶ声が聞こえてくる。歩く旅に耐えられないほど幼い子たちは、こうやって連れられているのだ。 子供たちは、旅の困難さとは関係ないように楽しそうに中で遊んでいるようだ。そんな声を聞いて、ブリミルはすまなそうに才人に言った。 「本当にすまないね。僕の移動の魔法さえあれば、皆をもっと安全に遠くに運べるというのに……」 「気にすることなんてないですよ。いざというときにブリミルさんの魔法が使えないことのほうが大変ですって。それに……」 それに、と言い掛けて才人は口をつぐんだ。ここが始祖ブリミルの時代であるならば、ブリミルがこんなところで終わるはずはないのだ。 この先、どんな困難が待っているにせよ、少なくともブリミルは子孫を残してハルケギニアの基礎を築くところまでは行くはずだ。また、現代にある始祖の秘宝もまだ影も形もない以上、ブリミルが亡くなるのはまだ何年も先であると確信できる。 ただし、下手な干渉をしすぎて未来を変えてしまうわけにはいかない。タイムパラドックスというものがどうなるのか、やってみなければ想像もつかないが、混乱に自分から拍車をかけるわけにはいかないと才人は自重していたのだ。 始祖ブリミルの人柄、謎の敵ヴァリヤーグ、この時代に来たからこそわかったことは多い。それに、彼の率いるキャラバンに加わっている者たちは、現代のハルケギニアでは敵対しあっている者同士である。それがこうして仲良く協力し合えている光景は、まさに現代で目指している”夢物語”の風景そのものではないか。才人はそれらを、現代にいるみんなにすぐにでも話したかった。 けれど、まだそれはできない。現代に帰る方法に、まだたどり着いていないからだ。それに、まだ大厄災について肝心な部分を知れていない。以前、始祖の祈祷書が見せてくれたヴィジョンにあった、ヴァリヤーグの現れる前からこの世界で続いていた戦争についてなどのことを尋ねようとすると、なぜかブリミルたちは固く口を閉ざしてしまうのだった。 「結局、枝葉の部分だけで根っこについては謎のままなんだよな。ブリミルさんたち、いったいなにを隠してるんだろう?」 元来、口は軽くてもうまくはない才人に、他人の口を割らせるための交渉術など土台無理な話だった。もっとも、それを置いても今知っている情報だけでもとてつもない価値がある。なんとしてでも、帰る方法を見つけなければならない。せめてルイズもいっしょにこの世界に来てくれていたら、ウルトラマンAの時間移動能力で帰れたのだが。 そうして旅をしながらじれる日々が続いていたときである。ミーニンとの出会いとなった、ある街での事件に遭ったのは。 時は、一週間ほどさかのぼる。 「ショワッチ!」 瓦礫と化した街の中で、ウルトラマンコスモスと一頭の怪獣が睨み合っていた。 怪獣の名前は隕石大怪獣ガモラン。才人の知っているロボット怪獣ガラモンと似ているが、まったく別種の怪獣兵器だ。 「ヘヤッ!」 コスモス・ルナモードが突進してくるガモランをさばいてかわし、振り返ってきたところを掌底で押し返した。 だが、ガモランはひるむことなくコスモスへと襲い掛かってきて、コスモスはルナ・キックで押し返し、ルナ・ホイッパーで巨体を投げ飛ばした。 地響きをあげて、廃墟の瓦礫をさらに砕きながら転がるガモラン。その戦いの様子を、才人やブリミルたち一行は少し離れた場所から見ていた。 「いけーっ! がんばれ、ウルトラマンコスモス!」 「サーシャ頼む、昨日ヴァリヤーグに使ったおかげで僕の力はまだ半分ほどしか戻ってない。今は君に頼むしかないんだ」 二人の応援が風に乗ってコスモスへと届く。コスモスと一体化しているサーシャは、それを少し苦々しく思いながらも聞いていた。 『まったく気楽なんだから。どこの世界に女の子を戦わせて応援にまわってる男がいるのよ。あの二人、やること済んだら必ず絞めてやるわ!』 現代でコスモスが一体化しているティファニアと比べたら態度の乱暴さがはなはだしいが、それでもしっかりと地上のブリミルたちをかばうように体勢をとっているのはサーシャの優しさの表れだろう。 コスモスがどうしてサーシャと一体化するようになったのか、才人はそれも知りたかったが、ブリミルもサーシャも答えてはくれず、キャラバンの仲間にも知っている者はいなかった。なにかしら答えづらい事情があるのだろうとは才人も察するのだけれども、それを聞いたときのふたりがとてもつらそうな顔をしていたので無理に聞けなかった。 指を槍のように伸ばして突き立ててくるガモランを、コスモスはひらりひらりとさばいてかわす。しかしガモランは、才人の知っているガラモンが熊谷ダムを体当たりで一発で破壊したように、体格を活かした突進攻撃を得意としているからちょっとやそっとではあきらめない。その上に、ガラモンの身長四十メートル六万トンに対してガモランは五十メートル七万トンと一回り大きく、それでいて動きも素早いのでコスモスも簡単にはあしらうことができない。 防戦一方に陥っているように見えるコスモス。しかし、なぜガモランがこの街に現れたのだろうか? ガモランは自然発生する怪獣ではなく、それにはちゃんとした理由がある。 才人たちが街の住人の生き残りから聞いた話はこうである。この地に、街ができるより前には小さな集落があって、そこには小さな岩くれと金属の箱が受け継がれていた。それは、あるとき空から落ちてきた贈り物だといい、決して開けることのできない箱を開けることができたら幸福が訪れるのだと言われていた。それまでは、文字通りに誰がなにをやっても開けられない箱で気に留められていなかったのだが、集落を街に発展させた”外来人”たちは箱の仕組みを見抜き、なんらかの方法で箱といっしょに伝えられていた岩から小怪獣ミーニンを再生することに成功した。 ”外来人”たちが集落の先住民たちに語った話では、ミーニンは元々は宇宙のどこかから送り込まれてきた異文明攻撃用のバイオ兵器ガモランであり、箱はその起動装置であると。本来なら、ミーニンになった岩にへばりついていたヒトデのような形のバイオコントローラーで巨大化して操られるのだが、”外来人”たちはその仕組みを解析して、バイオコントローラーを起動させずにミーニンを目覚めさせたのだという。 それ以来、ミーニンはおとなしい怪獣として、この街の子供たちのよき遊び相手となってきた。しかし、この街もほかの街と同じく戦火に飲み込まれたとき、追い詰められた街の生き残りたちはガモランを防衛兵器として利用しようと、封じられていたバイオコントローラーを使ってミーニンをガモランにした。が、結局コントロールすることはできずに、自分たちがガモランに襲われてしまったということらしかった。 才人たちの後ろには、ミーニンの友達だった街の子供たちがいる。皆、なんとかミーニンを助けて欲しいと訴えかけてくる姿は才人の心を締め付けた。 「大丈夫。ウルトラマンがきっとなんとかしてくれるさ」 子供のひとりの頭をなでてやりながら才人は優しく言った。この破滅してゆく世界の中で、友達の存在はどれだけ子供たちの支えになったことだろう。どんな理由があろうと、大人がそれを失わせてはいけない。 けれど……と、才人は頭の片隅で考えていた。話を聞く限り、外来人とやらは宇宙人の力でロックされていた箱をリスクを回避して開けたということになる。街の生き残りに、もうその外来人はいないそうだが、そんなことができる技術力はまるで、彼らも…… と、そのときガモランの額から稲妻状の光線、ガモフラッシュ光線がコスモスめがけて放たれた。 「ヘヤアッ!」 コスモスはとっさにリバースパイクを張って攻撃を防いだ。そして、そのままバリアを前進させてガモランにぶっつけてダメージを与えた。 「ああっ! ミーニーン!」 「おいサーシャ、ちゃんと手加減しろよ! 子供たちがおびえてるだろ」 ブリミルが慌てて叫ぶと、コスモスはしまったと思ったのかピクっとした。ウルトラマンは同化した人間の影響を強く受ける。サーシャの荒っぽい性格が、さすがの優しさのルナモードにも反映されてしまったのだろう。 だがしかし、これは好機には違いない。ガモランの動きが止まっている今なら、なんとかするチャンスがある。そこへ再度ブリミルがコスモスに向かって叫んだ。 「額だ、怪獣の額のヒトデを狙うんだ。それが怪獣を操っているコントローラーなんだ!」 コスモスが理解したとうなづく。しかし、才人は違和感を強くしていた。やはり、この人たちはただのメイジなんかじゃあない。なぜかはわからないが、相当な科学知識を持っている。 しかし、才人が考えるよりも早くコスモスは動いていた。ダッシュしてガモランに接近し、左手を上げて光のパワーを溜め、それをガモランのバイオコントローラーに貼り付けるようにして振り下ろした。 『ピンポイントクロス』 相手の能力を封じるエネルギーを押し当てられて、バイオコントローラーは急速に効力を失って自壊した。 バイオコントローラーさえなくなれば、ミーニンをガモランに変えていた効力もなくなる。巨大化も解除されて、ガモランはみるみるうちに小さくなり、やがて愛らしいミーニンの姿に戻った。 「やったぁ! ミーニン!」 元の姿に戻ったミーニンへ子供たちが駆け寄っていった。ミーニンは額にピンポイントクロスが変化した×の形の絆創膏がひっついたままでいるが、元気そうに飛び跳ねて早くも子供たちと遊んでいる。 とりあえず、これで一件落着か。ブリミルや才人も考えるのをいったんやめてほっと胸をなでおろした。 コスモスも、ガモランが完全に無力化されたのを確認すると飛び立つ。 「ショワッチ!」 やがてサーシャも帰還し、ブリミル一行は勢ぞろいした。 バイオコントローラーが破壊された以上、ミーニンが凶暴なガモランに変化する危険性はもうないだろう。ブリミル一行は、街の生き残りとミーニンを旅の仲間に加えることを決めた。 それが、ミーニンが仲間にいる経緯である。 その後も、ブリミル一行は可能な限り各地の生き残りを探しながら旅を続けてきた。 だが、仲間が増えることは必ずしもいいことだけとは限らない。この過酷な旅に同行させ続けるには耐えられない者も出始めているし、キャラバンの規模も移動を続けるには大きくなりすぎ始めている。 「どこかに腰を落ち着けられる場所を見つけなければいけない。でなければ、我々は墓標を立てながら旅をしなければいけなくなる」 ブリミルは焦っていた。このまま無理に旅を続ければ、せっかく見つけた生き残りの人々がバタバタと倒れていく死の行軍となってしまう。 そんなときである。この地の先に、比較的無事な土地があると聞いたのは。 そして、ブリミルたちは苦しい旅を乗り越えて、後にロンディニウムと呼ばれる土地にたどり着いた。 「おお、この世界にまだこんな場所が残っていたとは……」 「緑に、湖……なんだか、すっごく久しぶりに見たわ」 ブリミルやサーシャの目からは涙さえ流れていた。当時のロンディニウムは小高い丘のそばに小さな湖があるだけのこじんまりとしたオアシスで、現代であれば誰にも見向きもされないだろう。しかし、砂漠のような土地を旅し続けてきたブリミルたちにとっては天国のように見えた。 しかも都合のいいことに、近くにはこのあたりの領主が別荘にしていたのかもしれない小さな城が、半壊ながらも残ってくれていたのだ。 「ありがたい、これならなんとか定住することができる。ようし、ここを我々のしばらくの拠点にしよう!」 ブリミルの決定に、全員から歓呼の声があがったのは言うまでもない。これでなんとか、子供や怪我人は旅から離れて定住させることができる。 だが、この小さなオアシスでは養える人数はたかが知れている。水だけはなんとかあるが、これまで立ち寄ってきた街から回収してきた食料はあまり多くなく、この地で耕作をやるにせよ、収穫ができるのは当分先だ。人数が増えたことが今では仇となっていた。 「食料をどこかで見つけないと、このままでは餓死者が出てしまう。しかし、どんなに節約しても長くは持たない」 ブリミルは悩んでいた。これから食料を探しに出るにしても、収支がギリギリでマイナスになってしまうのだ。なんとかしたい、これまでいっしょに苦楽を共にしてきた仲間をひとりとて犠牲にはしたくなかった。 そんなときである。子供たちを連れるようにして、ミーニンがブリミルの元にやってきたのは。 「ブリミルさん、ミーニンがなにか言いたいことがあるみたいなの」 「ミーニン、ありがとう、僕をはげましに来てくれたのかい。おや、それはバイオコントローラーを操作していた箱じゃないか……まさか、ミーニン、君は」 ブリミルが驚いてミーニンの顔を見ると、ミーニンはさびしそうな目をしてきゅうと鳴いた。 ミーニンの意思、それは食料の節約のために、自ら岩に戻って口減らしになろうというものだった。 これを、もちろんブリミルは拒絶しようとした。が、一人分を削ることができればなんとか収支をプラマイゼロにすることができ、悩んだ末に才人やサーシャにも相談し、サーシャの一言で決心した。 「それはミーニンの意思を尊重するべきよ。一番つらいのは誰だと思う? ミーニンに決まってるじゃない。それでも、ミーニンはせっかくできた友達と別れる覚悟をしてまで名乗り出てくれたのよ。あなたがリーダーなら、その意思を無駄にしちゃいけないわ」 サーシャの言葉に、ブリミルは短く「わかった」と答えた。それを見て才人は、責任を持つということのつらさと重さをかみ締めるのであった。 だが、ミーニンの封印は簡単なことではない。一度ミーニンを岩に戻してしまうと、復元するためのエネルギーがたまるまでに地球時間で何百年もかかってしまうことがわかったのだ。つまり、この世代の人間がミーニンと再会することはできない。 子供たちをはじめ、仲間たちは皆がミーニンとの別れを惜しんだ。もちろん才人もで、短い間でとはいえミーニンの無邪気さには何度救われたか知れない。が、そのときふとブリミルが思いついたように才人に言った。 「そうだ、サイトくん。君が探してる、未来の君の仲間に連絡をとる方法だけど、もしかしたらあるかもしれないぞ」 「ええっ! それマジですか! なんですなんですか」 「落ち着きたまえ。単純な話だ、ここが君の世界から六千年前だったら、今から六千年経てば君の時代に行き着くということさ。我々人間にとってはとほうもなく長い時間だが……」 才人もそれでピンときた。六千年は宇宙人や怪獣でもない限り、普通の生き物が超えるには長すぎる時間であるが”物”ならば別だ。ミーニンに手紙を託して、自分のいた時代へと運んでもらうのだ。いわゆるタイムカプセル。ミーニンにしても、いつともしれない時代で目覚めさせるよりかは自分のいた時代なら信頼できる人がいる。 だが、それは理屈では可能として、どうやって才人の来た時代で目覚めさせればいいのだろう? それを尋ねるとブリミルは自信たっぷりに答えた。 「心配はいらない。コントロールボックスはタイマー式に設定しなおしてある。ついでに、ミーニンの石を収めておけるだけのスペースがあるようにも改造済みだ」 いつの間に!? と才人は思ったが、それよりも宇宙人の送り込んできた装置を改造するなんてどうやって? そんな真似、いくら伝説の大魔法使いでも都合がよすぎる。 しかし、ブリミルは相変わらず、その質問に対してだけは貝のように口を閉ざしてしまった。 才人はじれったく思ったが、こればかりはどうしようもなかった。ブリミルたちがどこから来た何者であるのか? それを知れるのはいつかブリミルたちが本当に心を許してくれるときまで、待つしかできない。 ミーニンは岩に戻されて、この小城の地下に封印されることとなり、才人は急いで未来に当てた手紙をしたためた。教皇がハルケギニアの滅亡をもくろむ敵であること、始祖ブリミルがエルフとの共存をしていた温厚な人物であること、この時代を襲っている謎の敵ヴァリヤーグのことなど、自分が知っていることを可能な限り書き込んだ。 そしてついに別れのとき、才人はミーニンが子供たちとの別れを涙ながらに済ませた後、ミーニンに手紙を入れた小箱を託した。 「ミーニン、自分勝手なお願いだと思うけど、この手紙には、この世界の未来がかかってるかもしれないんだ。それと……またな」 才人はミーニンに再会を約束して、最後に握手をかわした。未来に行くミーニンと、いずれ自分が未来に帰れるときには再会できるはずだ。しかしそれならばミーニンを未来に送ることは無駄になるのではないか? いや、そうではない。才人は未来の世界のために、思いつく限りのあらゆる方法を試してみるつもりだった。 無駄に終わればそれでいい。しかし、何度もいろいろな方法を試せば、そのうちのひとつくらいは成功するかもしれないではないか? 人間がはじめて空を飛ぼうとしたときだって、ライト兄弟の成功に行き着くまでには数え切れないほどの試行錯誤と失敗の積み重ねがあった。まして、六千年の時間を越えて未来に帰ろうというのに、努力を惜しんでいて成功するはずもない。 と、そこで才人はコントロールボックスを設定しようとしているブリミルから尋ねられた。 「ところでサイトくん、タイマーは何年後にセットすればいいかな?」 「えっ? あ、しまった!」 才人は自分のうかつさに気づいた。始祖ブリミルの時代が『現代』から六千年以上前だとしても、自分のいる今が現代から正確に六千何年前ということがわからなければ意味がない。正確に自分の来た年代に設定しなければ、何十年何百年単位でズレてしまうだろう。 が、そんなことを調べる方法などあろうはずがない。この作戦は失敗かと、才人がとほうにくれたとき、サーシャが思いついたように言った。 「別に簡単じゃない。サイト、あんたが来たのって、あんたの年代で何年なの?」 「え? 確か、ブリミル暦六二四三年だったと思うけど」 「じゃあ今年がブリミル暦一年で決定ね。六二四二年後に合わせれば、あんたの時代につくわ」 「ええっ!? そんな、ちょっと!」 才人とブリミルはあまりにあっさりと決めてしまったサーシャに詰め寄ったが、サーシャは流れるような金髪をくゆらせて涼しい顔である。 「なに? 文句あるわけ? ほかにいい方法があるっていうなら取り下げるけど」 「い、いやぁ……でも、年号はもっとめでたいときに決めるものじゃあ」 「あんたの頭は年がら年中おめでたいでしょうが。別にいいじゃないの、増えはするけど減るものじゃなし」 なんか納得いかないが、サーシャの鶴の一声で強引に今年がブリミル暦一年に設定されてしまった。ブリミル教徒であるならば、ものすごく名誉な瞬間に立ち会ったことになるのだろうが、なんというかまるでありがたみが湧かない。 が、おかげで年代の設定の問題は解決した。なお、ここで設定を六二四二年後より少し少なく設定すれば教皇に飛ばされる前の自分たちに届いて歴史を変えられるかもしれないと思ったが、それだとこんがらがってしまうためにやめた。歴史を無為に変えてはならない。 ともあれ、これで問題はもうない。ミーニンはコントロールボックスの力で元の岩の姿であるガモダマに戻され、コントロールボックスに入れられて封印された。 「頼んだぜ、ミーニン……」 これで、ミーニンが目覚めるのは六二四二年後ということになる。才人はミーニンに困難な仕事を押し付けるような後ろめたさを感じたが、サーシャに「人生の選択を全部ベストにすることなんて誰にもできないわよ」と、励まされた。 そうだ、犀は投げられた。後は、希望を信じて次へと進む以外にできることはない。 才人は、最後にミーニンが見せてくれた無邪気な笑顔を思い出しながら、みんなのいる未来へと思いを寄せるのだった。 六千年という時間は長い。人は骨と化し、大地の形さえ変えてしまう。 だがそれでも、時を越えて希望の光はどこへでも届く。 ブリミルの設定したとおり、ミーニンは六二四二年の時を越えてアルビオンの地に蘇った。ブリミルの子孫、ウェールズの先祖たちはブリミルの遺産を守り続けてくれたのだ。 ウェールズはミーニンの持っていた手紙から、これが始祖ブリミルの時代から自分たちの時代へのメッセージであることを知った。そして、手紙の内容に愕然として即座にトリステインへと使いをよこし、知らせを受けてエレオノールやミシェルが急行し、すべてが真実であることを確かめたのである。 「これは、この手紙の入っていた箱のつくりは、これまで始祖の時代の遺跡から発掘されたものと一致します。これは間違いなく始祖ブリミルの時代に作られたもの……ミス・ミシェル、手紙の鑑定のほうはどう?」 「ああ、これは間違いなくサイトの字だ。あいつのヘタな字だ。わたしがたわむれに教えた、銃士隊の古い暗号文だ……サイト、お前、やっぱり生きてたんだな。それにしても、始祖ブリミルと友達になったなんて……お前、ほんとうにとんでもない奴なんだなあ……」 涙で顔を真っ赤に腫らしながらようやく言葉を搾り出すミシェルを、エレオノールは呆れたように眺めていたが、やがて彼女たちに同行してきた銃士隊員のひとりがハンカチを差し出した。 「副長、涙を拭いてください。サイトの奴は、ほんとうにたいしたやつでしたね。あいつは、どんなときでもみんなのことを思ってくれている。さすが、副長の惚れた男です」 「アメリー、ありがとう……そうさ、サイトが死ぬもんか。あいつは、あいつは誰よりも強くて優しい、ウルトラマンだ」 ミシェルは、自分も今日まで生きてきて本当によかったと思った。才人は生きていた。いまだに手は届かないところにいるけれども、こうして手を差し伸べてくれている。 ひざをついて感動に打ち震えているミシェルの頭を、ミーニンが骨のような手で優しくなでてくれた。ミシェルは顔をあげると、才人が六千年前にしたようにミーニンの手をぎゅっと握り締めた。 「ありがとう。ミーニンだっけな、よくサイトからのメッセージを伝えてくれた。見慣れない世界で戸惑っていると思うが、サイトの友達なら我々の仲間と同じだ。安心してくれ」 言葉は通じないが、ミーニンはミシェルの言っていることの意味は理解できているように、うれしそうに笑った。手紙にはミーニンのことをよろしく頼むとも書かれてあって、ミーニンはウェールズとの話し合いにもよるが、トリステインに連れ帰ってカトレアに預けるのが一番いいだろう。彼女なら、数多くの生き物を飼っていることだし、人柄も信頼できる。 それに、この知らせをトリステインにいるギーシュたち水精霊騎士隊にも伝えたらさぞかし喜ぶことだろう。後ろでは、銃士隊で一番のお調子者のサリュアがウェールズがいる前だというのに万歳して大喜びしているようだ。 だがウェールズは、エレオノールからあらためて詳細を伝えられて表情をしかめている。彼はあまりにも常識を超えた事態に驚きながらも、これからのやるべきことを冷静に考えていた。 「以前の私に続いて、今度はロマリアの教皇陛下が侵略者の手先になったというのか。確かに、ロマリアから布告された聖戦はなにかおかしいと思っていたが……やっと戦乱から解放されたばかりのアルビオンの民にはすまないが、なんとしてでも聖戦には反対せねばいけないな」 だが、再建途中のアルビオン軍でどこまでやれるものか。また、家臣や兵隊、国民たちに教皇が敵だということをどうやって納得させればよいものか……ウェールズがいくら国王とはいえ、すべての意思が通じるわけではないのだ。 アンリエッタが悩んでいたように、前途には大きな壁がまだ立ちふさがっている。それでも、乗り越えなければハルケギニアに未来はない。アンリエッタも才人からの手紙の内容を知れば、ウェールズと同調して必ず行動を起こすだろう。 と、そのときだった。ミーニンが、手紙の入っていた箱を指差してなにやら訴えているようなので、エレオノールが箱の中をもう一度丹念に探ったところ、底から奇妙な形の”あるもの”が出てきたのである。 「なによコレ……首飾り? でも、この紐といい、こんな奇妙な素材は見たことないわ」 エレオノールは、美しいとはおせじにも言えない首飾りのようなものを手にして首をかしげた。箱の中には同じものがふたつ出てきたが、どちらも見たところガラクタにしか見えない。 しかし、このガラクタのような首飾りこそ、才人がこの時代に当てたもうひとつの贈り物であり、切り札となるべきアイテムであった。首飾りと共に出てきた、その使い方を記したもう一通の手紙が読まれたとき、教皇の巨大な陰謀にひびを入れる蟻の一穴がこの世界に生まれる。 再び過去へと戻って、才人はブリミルとともに空を見上げていた。 「ミーニン、無事に未来につけるといいな」 「心配要らないさ、ミーニンは運の強い子だ。必ず君の仲間のもとにたどり着いてくれるよ。そうしたら、手紙といっしょに託したあれもきっと役立つだろう。僕とサーシャの自信作だ、きっと君の仲間の役に立ってくれる」 「はは、ブリミルさんもサーシャさんも、ノリノリであれ作ってましたもんねえ。でも、あれをうまく使ってくれれば、教皇の悪巧みもおしまいだぜ。女王陛下なら、きっとやってくれますよ」 アンリエッタ女王とはあまり親しいというわけではないが、何度もトリステインを救ってきた手腕と行動力は信じている。確実に届くように、文章の一部には銃士隊の関係者しか知らない暗号も混ぜたから信憑性も疑いないはずだ。 同封された才人とブリミルからの贈り物。それが使われたときに、ヴィットーリオとジュリオのすまし面がどう崩れるのか、まったくもって楽しみでならない。 けれどそれでも、才人の表情にはミーニンを案じている不安げな様子が残っていた。それに気づいたのだろう。ブリミルが、才人の背中をどんと叩いて励ました。 「こらこら、そんな顔してたらミーニンが安心して眠れないぞ。それに未来に届くまで、いつか僕らが死んで霊魂になってもミーニンを守ってやるから絶対大丈夫! さ、僕らには次の旅立ちが待ってる。ぐずぐずしてるとサーシャにどやされるぞ」 「はい! ようし、行きましょう。ハルケギニアは広いんだ。まだまだどこかに、おれたちを待ってる人がいるはずだからな」 「ああ……ところでサイトくん、君が未来に帰る方法なんだが」 「えっ? なんですって?」 「思い出したんだが、時空を超える能力を持つ、あの……いや、どこにいるかもわからないし、すまない聞かなかったことにしてくれ」 「なんですか? 変なブリミルさんだなあ。まあいいか、旅をしてればそのうちいいこともあるってね。それにルイズ、ルイズもきっとどっかの空の下でがんばってるはずだ。いつかきっと、きっと会えるさ」 才人は多くの仲間たちの最後にルイズの顔を思い浮かべた。そうだ、あの負けん気の固まりのようなご主人様が簡単にあきらめるわけがない。たとえこの世界にいなくても、どんなときでも無理やりにでも道を開いていこうとしてきたルイズのことを思い出すと勇気が湧いてくるのだった。 いつかの再会と、明るい未来を信じて、才人とブリミルはサーシャと仲間たちの待つキャラバンへと駆けていった。 信じる心に、時空の壁など関係ない。時を越えて、才人の思いは確かに仲間たちのもとへと届いた。 そして、次元を超えて旅する者がもう一組。 それは、才人たちが知るどの次元とも違うマルチバースのひとつの宇宙。そのどこかの惑星の上で、ひとつの戦いが繰り広げられていた。 『エクスプロージョン!』 虚無の爆発魔法の炸裂が空気を揺るがし、紫色の体色をした巨大怪獣に襲い掛かる。 怪獣の名前は、毒ガス幻影怪獣バランガス。身長八九メートル、体重十二万九千トンの巨体を持ち、体から噴出す赤い毒ガスを武器とする。 その強力な怪獣に、体の半分を焼け焦げさせるほどの大ダメージを与えた虚無魔法を放った者こそ、誰あろう? いや、ひとりしかいない。 「よくも今まで好き勝手やってくれたわね。でも、これ以上この星で暴れさせはしないわよ。覚悟しなさい」 桃色の髪を風になびかせながら杖を高く掲げ、ルイズの宣告がバランガスに叩きつけられた。 この星は、宇宙には数え切れないほどある地球型惑星のひとつ。特に自然豊かなわけでも、高度な文明があるというわけでもない平凡な惑星であるが、この星は今滅亡の危機にさらされていた。 バランガスは自分をガスに変えることでどこにでも出現し、好き放題に破壊活動を繰り返してきた。だが、それをようやく捉えることに成功し、ルイズの虚無で致命傷を与えることに成功した。 が、なおも自分をガスに変えて逃げようとするバランガスに、青い光芒が突き刺さる。 『ソルジェント光線!』 ガスに変わる前の実体に必殺光線を叩き込まれたのでは、いかにバランガスとてひとたまりもない。断末魔の咆哮を響かせて、巨体がゆっくりと倒れこむ。 勝利。そしてルイズの視線の先には、指を立ててガッツポーズをとるひとりのウルトラマンの姿があった。 「よっしゃあ! 見たかよルイズ、俺の豪速球ストレートを」 調子のよい口調で話しかけてくるのは、こちらも誰あろう。消息不明になっていたウルトラマンダイナだった。ルイズはそのダイナの自慢げな様子に、怪獣を逃げられなくしたのはわたしの魔法じゃないのと返して、ダイナもむきになって言い返して口げんかになった。 だが、何故ルイズとダイナが共に戦っているのだろう? それは、運命のいたずら……ただし、それを語る前に巨大な脅威が二人に近づいてきていた。 「だいたいルイズ、お前はいつもな! っと、そんなこと言ってる場合じゃなくなったようだぜ」 「そうね、アスカ……あんたと旅をしはじめてからしばらくになるけど、今度の相手はどうも格が違うみたい。背筋が震えるような気配がビンビン来るわ」 冷や汗を流したルイズとダイナの見ている前で、星の火山が巨大な爆発を起こす。その中から現れる、あまりにおぞましい姿をした超巨大怪獣。 誰も知らない宇宙で、全宇宙、ひいてはハルケギニアの運命につながる決戦が始まろうとしていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百四十三話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その1)」 海獣キングゲスラ 邪心王黒い影法師 登場 『古き本』に奪い取られたルイズの記憶を取り戻すために、本の世界を旅している才人とゼロ。 五冊目の世界はウルトラマンマックスが守った地球を舞台とした本であり、地上人と地底人の 存亡という地球の運命を懸けた戦いに二人は身を投じた。同じ惑星の文明同士という、本来は ウルトラ戦士が立ち入ることの出来ない非常に困難な問題であったが、最後まで未来をあきらめない 人間の行動が地底人デロスの心を動かし、二種族の対立は解決された。そして最後の障害たる バーサークシステムも停止させることに成功し、地球は未来を掴み取ることが出来たのだった。 そして遂に残された本は一冊のみとなった。リーヴルの話が真実であるならば、これを 完結させればルイズは元に戻るはずだ。……しかし、最後の本の旅が始まる前に、才人たちは 密かに集まって相談を行っていた……。 「『古き本』もいよいよ後一冊で最後だ。その攻略を始める前に……ガラQ、リーヴルについて 何か分かったことはないか?」 才人、タバサ、シルフィード、シエスタはリーヴルに内緒で連れてきたガラQから話を 聞いているところだった。三冊目の攻略を始める前に、ガラQにリーヴルの内偵を頼んで いたが、その結果を尋ねているのだ。 ガラQは才人たちに、次のように報告した。 「リーヴル、夜中に誰かと会ってるみたい」 「誰か……?」 才人たちは互いに目を合わせた。彼らは、一連の事件がリーヴル単独で起こされたものでは ないと推理していたが、やはりリーヴルの背後には才人たちの知らない何者かがいるのか。 「そいつの正体は分からないか? どんな姿をしてるかってだけでもいいんだ」 質問する才人だが、ガラQは残念そうに首(はないので身体ごと)を振った。 「分かんない。姿も、ぼんやりした靄みたいでよく分かんなかった」 「靄みたい……そもそもの始まりの話にあった、幽霊みたいですね」 つぶやくシエスタ。図書館の幽霊の話は、あながち間違いではなかったのだ。 『俺はそんな奴の気配は感じなかった。やっぱり、一筋縄じゃいかねぇような奴みたいだな……』 ガラQからの情報にそう判断するゼロだが、同時に難しい声を出す。 『しかもそんだけじゃあ、正体を特定するのはまず無理だな。それにここまで来てそれくらいしか 尻尾を掴ませないからには、相当用心深い奴みたいだ。今の段階で、正体を探り当てるってのは 不可能か……』 「むー……リーヴルに直接聞いてみたらいいんじゃないのね?」 眉間に皺を寄せたシルフィードが提案したが、タバサに却下される。 「下手な手を打ったら、ルイズがどうなるか分かったものじゃない。ルイズは人質のような ものだから」 「そっか……難しいのね……」 お手上げとばかりにシルフィードは肩をすくめた。ここでシエスタが疑問を呈する。 「わたしたち、いえサイトさんはこれまでミス・リーヴルの言う通りに『古き本』の完結を 進めてきましたが……このまま最後の本も完結させていいんでしょうか?」 「それってどういうことだ?」 聞き返す才人。 「ミス・リーヴルと、その正体の知れない誰かの目的は全く分かりませんけど、それに必要な 過程が『古き本』の完結だというのは間違いないことだと思います」 もっともな話だ。ルイズの記憶喪失が人為的なものであるならば、こんな回りくどいことを 何の意味もなくさせるはずがない。 「だったら、全ての『古き本』を完結させたら、ミス・ヴァリエールの記憶が戻る以外の何かが 起こってしまうんじゃないでしょうか。それが何かというのは、見当がつきませんが……」 「洞窟を照らしてトロールを出す……」 ハルケギニアの格言を口にするタバサ。「藪をつついて蛇を出す」と同等の意味だ。 「全ての本を完結させたら、悪いことが起きるかもしれない。そもそも、ルイズが本当に 治るという保証もない。相手の思惑に乗るのは、危険かも……」 「パムー……」 ハネジローが困惑したように目を伏せた。 警戒をするタバサだが、才人はこのように言い返す。 「けど、それ以外に方法が見当たらない。動かないことには、ルイズはいつまで経っても 元に戻らないんだ。だったら危険でも、やる他はないさ……!」 『それからどうするかは、本の完結が済んでからだな。ホントにルイズの記憶が戻るんなら それでよし、もし戻らないようだったら……ブラックホールに飛び込むつもりでリーヴルに アタックしてみようぜ』 ウルトラの星の格言を口にするゼロ。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と同等の意味だ。 そうして最後の『古き本』への旅が始まる時刻となった。 「今日で本への旅も最後となりましたね、サイトさん。最後の本も、無事に完結してくれる ことを祈ってます」 才人らが自分を疑っていることを知ってか知らずか、リーヴルは相変わらず淡々とした 調子で語った。 「それではサイトさん、本の前に立って下さい」 「ああ……」 もう慣れたもので、才人が最後に残された『古き本』の前に立つと、リーヴルが魔法を掛ける。 「それでは最後の旅も、どうか良きものになりますよう……」 リーヴルがはなむけの言葉を寄せ、才人は本の世界へと入っていく……。 ‐大決戦!超ウルトラ8兄弟‐ 昭和四十一年七月十七日、夕陽が町をオレンジ色に染める中、虫取り網と虫かごを持った 三人の子供たちが駄菓子屋に駆け込んできた。 「くーださーいなー!」 「はははは! 何にするかな?」 「ラムネ!」 「僕も!」 「俺もー!」 「よーしよしよし!」 駄菓子屋の店主は快活に笑いながら少年たちにラムネを渡す。ラムネに舌鼓を打つ少年たちだが、 ふと一人があることに気がついた。 「あッ! おじさん、今何時?」 「んー……六時、ちょい過ぎ」 「大変だー!!」 時刻を知った三人は声をそろえて、慌てて帰路につき始めた。それに面食らう駄菓子屋の店主。 「どうした? そんなに急いで」 振り返った子供たちは、次の通り答えた。 「今日から、『ウルトラマン』が始まるんだ」 「早くはやく!」 何とか七時前に少年の一人の家に帰ってきた三人は、カレーの食卓の席で始まるテレビ番組に 目を奪われる。 『武田武田武田~♪ 武田武田武田~♪ 武田た~け~だ~♪』 提供の紹介後――特撮番組『ウルトラマン』が始まり、少年たちは歓声を上げた。 「始まったー!!」 三人は巨大ヒーロー「ウルトラマン」と怪獣「ベムラー」の対決に夢中となる。 『M78星雲の宇宙人からその命を託されたハヤタ隊員は、ベーターカプセルで宇宙人に変身した! マッハ5のスピードで空を飛び、強力なエネルギーであらゆる敵を粉砕する不死身の男となった。 それゆけ、我らのヒーロー!』 「すっげー……!」 「かっこいー!」 ――特撮番組に夢中になる小さな少年も、月日の流れとともに大人になる。そして、そんな 日々の中で、『それ』は起こったのである……。 ……才人は気がつくと、見知らぬ建物の中にいた。 「あれ……? 本の世界の中に入ったのか?」 キョロキョロと周りを見回す才人。しかし周囲には誰の姿もない。 「随分静かな始まり方だな……。今までは、ウルトラ戦士が怪獣と戦ってるところから入ってたのに」 とりあえず、初めに何をすればいいのかと考えていると……正面の階段の中ほどに、白い洋服の 小さな少女が背を向いて立っている姿が目に飛び込んできた。 「……赤い靴の女の子?」 その少女は、履いている赤い靴が妙に印象的であった。 赤い靴の少女は、背を向けたまま才人に呼びかける。 「ある世界が、侵略者に狙われている」 「え?」 「急いで。その世界には、ウルトラマンはいない。七人の勇者を目覚めさせ、ともに、 侵略者を倒して……!」 少女は才人に頼みながら、階段を上がって去っていく。 「あッ、ちょっと待って! 詳しい話を……!」 追いかけようと階段に足を掛けた才人だったが、すぐに視界がグルグル回転し、止まったかと 思った時には外にいることに気がついた。 「ここは……?」 目の前に見える光景には、赤いレンガの建物がある。才人はそれが何かに気がつく。 「赤レンガ倉庫……。ってことは、ここは横浜か……? でも相変わらず人の姿がないな……」 横浜ほどの都市なら、どこにいようとも人の姿くらいはあるだろうに、と思っていたところに、 倉庫の向こう側から怒濤の水しぶきが起こり、巨大怪獣がのっそりと姿を現した! 「ウアァァァッ!」 「わぁッ! あいつは……!」 即座に端末から情報を引き出す才人。 「ゲスラ……いや、強化版のキングゲスラだッ!」 怪獣キングゲスラは猛然と暴れて赤レンガ倉庫を破壊し出す。それを見てゼロが才人に告げた。 『才人、ここはメビウスが迷い込んだっていうレベル3バースの地球だ!』 「メビウスが迷い込んだって!?」 『メビウスに聞いたことがある。あいつがまだ地球で戦ってた時に、ウルトラ戦士のいない 平行世界に入ってそこを狙う宇宙人どもと戦ったってことをな。この本の世界は、それを 綴った物語だったか……!』 飛んでくる瓦礫から逃れた才人は、キングゲスラの近くに一人だけスーツ姿の青年がいる ことに目を留めた。 「あんなところに人が!」 『確か、メビウスはここで平行世界で最初に変身したそうだ。ってことはもうじきメビウスが 出てくるはずだ……』 と言うゼロだが、待てど暮らせどウルトラマンメビウスが出てくるような気配は微塵もなかった。 そうこうしている内に、キングゲスラが腰を抜かしている青年に接近していく。 「ゼロ! 話が違うぞ! あの人が危ないじゃんか!」 『おかしいな……。メビウス、何をぐずぐずしてんだ……?』 戸惑うゼロだったが、先ほどの赤い靴の少女のことを思い返し、ハッと気がついた。 『違うッ! あの人を助けるのは、才人、俺たちだッ!』 「えッ!?」 『早く変身だッ!』 ゼロに促されて、才人は慌ててウルトラゼロアイを装着! 「デュワッ!」 才人の肉体が光とともにぐんぐん巨大化し、たちまちウルトラマンゼロとなってキングゲスラの 前に立った! 『よぉし、行くぜッ!』 ゼロは早速ゲスラに飛び掛かり、脳天に鋭いチョップをお見舞いした。 「ウアァァァッ!」 「デヤッ!」 ゲスラが衝撃でその場に伏せると、首を掴んでひねり投げる。才人は困惑しながら戦う ゼロに問いかけた。 『ゼロ、どういうことだ? メビウスが出てくるんじゃ……』 『詳しい話は後だ! 先にこいつをやっつけるぜ!』 才人に答えたゼロは起き上がったゲスラの突進をかわし、回し蹴りで迎撃する。 「ハァァッ!」 俊敏な宇宙空手の技でゲスラを追い込んでいくゼロ。しかしゲスラの首筋に手を掛けたところで、 ゲスラに生えている細かいトゲが皮膚を突き破った。 『うわッ! しまった、毒針か……!』 ゲスラには毒針があることを失念していた。しかもキングゲスラの毒は通常のゲスラの ものよりも強力だ。ゼロはたちまち腕が痺れて思うように動けなくなる。 「ウアァァァッ!」 その隙を突いて反撃してきたゲスラにゼロは突き飛ばされて、倒れたところをゲスラが 覆い被さってきた。 「ウアァァァッ!」 『ぐッ……!』 ゼロを押さえつけながら張り手を何度も振り下ろしてくるゲスラ。ゼロはじわりじわりと 苦しめられる。この状態ではストロングコロナへの変身も出来ない。 『何か奴の弱点はねぇか……!?』 『えぇっと、ゲスラの弱点は……!』 才人がそれを告げるより早く、地上から声が聞こえた。 「その怪獣の弱点は、背びれだッ!」 『あの人は……!』 先ほどキングゲスラに襲われていた青年だ。ゼロは彼にうなずいて、弱点を教えてくれた ことへの反応を表す。 「デェアッ!」 力と精神を集中し、ゲスラの腹に足を当てて思い切り蹴り飛ばす。 「ウアァァァッ!」 「セイヤァッ!」 立ち上がると素早く相手の背後に回り込んで、生えている背びれを力の限り引っこ抜いた! 「キャアア――――――!!」 たちまちゲスラは悲鳴を上げて、見るからに動きが鈍った。青年の教えてくれた情報が 正しかったのだ。 『よし、今だッ!』 ゼロはゲスラをむんずと掴んでウルトラ投げを決めると、額からエメリウムスラッシュを発射。 「シェアッ!」 「ウアァァァッ!!」 緑色のレーザーがキングゲスラを貫き、瞬時に爆発させた。ゼロの勝利だ! キングゲスラを倒して変身を解くと、才人は改めてゼロに尋ねかけた。 「ゼロ、つまり俺たちがウルトラマンメビウスの代わりをした……いや、するってこと?」 『そのようだな。この本は、書き進められてた部分が一番少なかった。だから、本来の異邦人たる メビウスの役割に俺たちがすっぽり収まったのかもしれねぇ』 「なるほど……さっきの人は?」 才人が青年の元へ向かうと、彼は傷一つないままでその場にたたずんでいた。青年の無事を 知って才人は安堵し、彼に呼びかけた。 「さっきはありがとうございます。お陰で助かりました」 「君は……?」 不思議そうに見つめてくる青年に、才人は自己紹介する。 「平賀才人……ウルトラマンゼロです!」 と言ったところで風景が揺らぎ、彼らの周囲に大勢の人間が現れた。同時に、壊されたはずの 赤レンガ倉庫も元の状態に変化する。 「これは……?」 『今までは、一時的に違う世界にいたみたいだな。位相のズレた世界とでも言うべきか……』 突っ立っている才人に、近くの子供たちがわらわらと集まってくる。 「ねぇお兄さん、今どっから出てきたの?」 「どっからともなくいきなり出てこなかった!? すげー!」 「手品師か何か!?」 どうやら、周りから見たら自分が唐突に出現したように見えるらしい。子供に囲まれ、 才人はどうしたらいいか困る。 「あッ、いや、それはね……!」 そこに先ほどの青年が、連れている外国人たちを置いて才人の元に駆け寄ってきた。 「ごめんね! ちょっとごめんね!」 そうして半ば強引に才人を、人のいないところまで連れていった。 落ち着いた場所で、ベンチに腰掛けた二人は話を始める。 「何だかすいません。仕事中みたいだったのに……」 青年はツアーのガイドのようであった。その仕事を邪魔する形になったと才人は申し訳なく 思うが、青年は首を振った。 「いいんだ。それよりさっきのことを詳しく聞きたい。……とても不思議な出来事だった。 実際に怪獣がいて、ウルトラマンがいて……」 「ウルトラマンがいて?」 青年の言葉に違和感を持った才人に、ゼロがひそひそと教える。 『この世界にウルトラ戦士はいねぇが、ウルトラマンが架空の存在としては存在してるんだ。 テレビのヒーローって形でな』 『テレビのヒーロー! そういう世界もあるのか!』 驚いた才人は、ここでふと青年に問いかける。 「そういえば、まだ名前を伺ってなかったですね」 「ああごめん。申し遅れたね」 青年は才人に向かって、自分の名前を教えた。 「僕はマドカ・ダイゴと言うんだ。よろしく」 マドカ・ダイゴ……。かつて『ウルトラマン』に夢中になっていた三人の少年の一人であり、 彼こそがこの物語の世界の主人公なのであった。 『……』 そしてダイゴと会話する才人の様子を、はるか遠くから、真っ黒いローブで姿を隠したような 怪しい存在……この物語の悪役たる「黒い影法師」が観察していた……。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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コルベールが中庭で戦っている頃、食堂でも戦いが繰り広げられていた。 不覚にも銃士達は、斬りつけても怯まない、突き刺しても死なない、得体の知れぬメイジを相手にして、混乱の一歩手前だった。 ゾンビを相手したことなど、あるはずが無いのだ、仕方がないのかもしれない。 既に二人の銃士が、ゾンビメイジの捨て身の攻撃で銃士がやられ、床に倒れている。 腹や手足に受けた傷からは、血が流れ続けている…このままでは死んでしまう。 「おああああッ!」 アニエスは、渾身の力を込めて、ゾンビメイジの腕を切り払った。 が、相手も手練らしく、『ブレイド』の魔法を纏った杖でいなされてしまう。 手強い…!アニエスがそう思った瞬間、頭上から六人がけのテーブルが落下してきた。オスマンが投げ落としたのだ。 メイジは咄嗟にそれを避けたが、床が濡れていたために足を滑らせ、一瞬の隙が出来た。 「うおおおあああっ!!」 アニエスは渾身の力を込めて切り払い、メイジの杖をはじき飛ばした、そのまま腰溜めに剣を構え、心臓目がけて突き立てる。 「くっ!」 ドコッ!と鈍い音を立てて、メイジの体を剣が貫く。剣は胸板を貫き骨ごと心臓を貫いた、しかし、剣が抜けない。 そこにもう一人のメイジが、アニエスに向けてマジックアローを放った。 アニエスは剣を捨て、後ろに転がってマジックアローをかわしていく、一発目、二発目、三発目……このままでは回避しきれない。 タバサにもそれを防ぐ手段は無かった、もう一人のメイジは、タバサの魔法で全身を貫かれ、首を半分まで切り裂いたというのに、傷口が瞬く間に塞がってしまう。 この場にキュルケが居てくれれば…! タバサはそう考えて、すぐにそれを否定した。 今まで、ずっと困難な任務を受け続けてたタバサは、他人に頼ることを良しとしない。 巻き添えを作らないために、迷惑をかけないために、タバサは一人で戦い続けてきた。 けが人であるキュルケの復帰を期待するなど、あってはならないことだ…そう思い直して奥歯を強く噛みしめた。 「ラグー・ウォータル…!」 タバサは、氷の壁でメイジの動きを封じるべく、詠唱を開始する。 しかし途中で、空気が異常に乾いていることに気が付く。 原因は、氷の矢の使いすぎだった、空気中の水蒸気を使いすぎてしまったのだ、床に零れた水や氷では、すぐに魔法に利用することはできない。 このままでは相手の動きを封じるどころか、必殺の『ウインディ・アイシクル』も使えない。 六回目! アニエスがテーブルを盾にして、六発目の『マジック・アロー』をやり過ごした頃、胸から剣を生やしたメイジが、落ちた杖を手にしていた。 メイジがアニエスに杖を向け、詠唱を開始する…アニエスは鳥肌を立てた、回避しきれない。 「あ」 奇妙な光景だ…アニエスは頭のどこかでそう考えていた。 メイジの放ったマジック・アローが、ヤケに緩慢な動きで自分へと飛んでくるのだ。 マジック・アローだけでなく、自分の体さえもゆっくりと動いている。 避け、られない。 ジュバッ!と音を立てて、マジック・アローが炎に包まれる。 炎の弾が、アニエスに届くはずだったマジック・アローを消滅させたのだ。 矢次に飛ばされる火の玉は、杖を構えていたメイジの腕に当たり腕を焼き尽くす、すると腕がぼろりと崩れ落ち、剣状の杖が床に落ちた。 「グア…」 見ると、キュルケが杖を構えて、食堂の入り口に立っていた。 キュルケはタバサと相対していたメイジにも炎の弾を飛ばし、タバサを後ろに下がらせる。 「遅れてご免なさい」 そう言って、キュルケがタバサの肩に手を乗せる。 「怪我は」とタバサが聞くと、キュルケはウインクをして答えた。 「私は平気よ、シエスタとモンモランシーが怪我人を治して、すぐにこっちに来るわ。…さっきは情けないところを見せたけど、この”微熱”だって負けていられないのよ」 キュルケはタバサの前に出ると、メイジに向けて杖を向ける。 燃えさかる炎の中で、そのメイジは、にやりと笑みを見せた。 「来なさい、化け物」 ◆◆◆◆◆◆ 「んんぅーっ!」 連れ去られた生徒が、傭兵メイジの腕の中でもがく、口には即席の猿ぐつわを噛まされていて声が出せない。 「くそガキ!じたばたするな!この高さから落ちたい訳じゃあないだろう」 生徒は、自分を抱えているメイジにそう忠告され、下を見た。 メンヌヴィルに先に脱出しろと指示された二人のメイジは、『フライ』を詠唱して空を飛んでいる、下は草原だが30メイル以上の高さがあった。 生徒は息をのみ、黙った。 「ジョヴァンニ、船はまだ見えないのか」 生徒を抱えていたメイジ…ギースがそう呟くと、ジョヴァンニと呼ばれた男は、林の奥を指さした。 「見えたぞギース、あれだ」 林の奥には、黒塗りのフリゲート艦が碇を降ろし、超低空で停泊していた。 ハルケギニアでは、フリゲートという呼称は小型高速の軍艦に用いられるのだが、この船は余計な装備を廃した特別製のもので、軍艦としては格別に小さい。 『ライン』以上のメイジであれば十分に浮かせることが出来る…という訳で、もっぱら特殊条件下での人員高速輸送に使われていた。 本塔を占拠した時、傭兵メイジが出した合図は、フリゲート艦を魔法学院に近い林の中へ下ろす合図だった。 十人ほど人質を取り、船で逃げる手はずだったが、手痛い反撃に遭い生徒を一人抱えるのがやっとだった。 しかし、今回の仕事は『誘拐』ではないので、人質をいつまでも連れて逃げるわけではない、彼らの目的は別にあったのだ。 二人は船に乗り込むと、中で待機しているはずのメイジを探した。 この船で帰還することはできない、せいぜい目立つところを飛んで貰って、トリステインの哨戒の目を引きつけて貰うしかない…。 「おい!船を出せ!仕事は果たしたぞ!注文通り『トリステインの逆鱗に触れてやった』ぞ!」 ジョヴァンニが叫びながら、船室の扉を開けていく、だがメイジの姿は見えない。 貨物室に入って中を見渡す…しかし、誰も居ない。 「おい!何処へ行った!…くそ、なんてこった、あの気味の悪いヤロウ、逃げやがったか」 そう悪態を付くと、ギースが人質を抱えて中に入ってくる。 抱えていた人質を貨物室へ放り込むと、その足に杖を向け短くルーンを唱える、鉄の足かせを『練金』したのだ。 「よし…恨むなよ嬢ちゃん」 「んむーーっ!」 生徒は、身をよじらせて何とか動こうとするが、足かせが重くて自由に動けない、その上腕までも封じられていては、為す術が無かった。 「おい、どうするんだ」 事を見守っていたもうジョヴァンニが、焦りを隠さずに聞く。 「予備に風石があったはずだ、そいつで船を浮かせる。どうせ二時間しか浮けないだろうが十分だ、風任せで動けば囮にはなる」 「このガキはどうする」 「風石が尽きれば、船ごと落ちて死ぬだろうが、万が一救出されたら厄介だ…そうだ、船室を燃やしておけばいい、二時間ばかりこの船が囮にないいんだからな」 「よし、それでいこう」ジョヴァンニが頷いた。 ギースは、貨物室から外に出ると、後部甲板下の船室に入った。 ランプを二つ手に取ると、床に投げ捨てる。 二つのランプはガラス片と油を飛び散らせて散らばった。 杖を振り、油に『着火』すると、燃焼時間を調節するため扉を閉じる。 すぐさま甲板に戻り、ジョヴァンニの姿を探す…甲板には居ない。 碇を上げる余裕はない。碇の根本にあるフックを魔法で外すと、ジャラジャラジャラと鎖が落ちる音が聞こえ、がくんと船が揺れた。 船は静かに上昇を始める…… 「ジョヴァンニ!行くぞ!」 船が浮き始めれば、あとは逃げるだけだ。ギースは姿の見えぬ よく見ると、人質を閉じこめた船室が開いていた。 「あいつめ…また悪い癖か」 ジョヴァンニという男は、メンヌヴィル率いる傭兵団の中でも古株だが、悪い癖を持っている。 メンヌヴィルが人間の…いや、生き物の焼ける臭いが好きでたまらないように、ジョヴァンニは女を陵辱したくてたまらぬといった口だ。 一刻も早く逃げなければならないのに、こんな時まで悪い癖が出たのか…そう考えてギースは声を荒げた。 「おい!ジョヴァンニ、早くしろ」 船室の中では、ジョヴァンニが人質の上着を引きちぎっていた。生徒は胸を露出させ、恐怖のあまり震えている。 「まあ待てよ、男を知らないうちに死ぬなんて可哀想じゃないか」 そう言って下卑た笑みを見せる、が、そんなことをしている余裕は無い。 「時間はない。先に行くぞ」 「…ちっ。まあいいさ。餞別に膜だけは破ってやるよ」 ジョヴァンニは、太さ2サント長さ30サントほどの、鉄で出来た杖を持っている。 それを生徒の眼前にちらつかせ、パジャマのズボンに手を伸ばした。 「んむっ!んむううー!」 自由を奪われた体でありながら、必死で逃げようとする生徒。 それを見てジョヴァンニは舌なめずりをした。 「反吐が出るわ」 と、突然、どこからか女の声が聞こえた。 ジョヴァンニは咄嗟に、誰だ!と叫んだが、その声は床がぶち破れる音でかき消された。 床を破ったのは、銀色に輝く二本の剣であった、それは一瞬で円を描き、床に穴を開けた。 と次の瞬間には糸のようにバラけ、ジョヴァンニの足を掴む。 「うわ、うわああ!」ギースが叫んだ。 奈落の底、と表現すべきだろうか。直径わずか20サントの穴に、ジョヴァンニの体が引きずり込まれていく。 ベキベキベキと不快な音を立てて…それは床板の音か骨の音か、どう考えても後者しか思いつかなかった。 ほんの数秒で、ジョヴァンニの体は消えてしまった。 当たりに飛び散る血飛沫を残して。 「………」 人質となっていた生徒は、その異常な光景に驚く暇もなかった、何が起こったのかを理解することが出来ず気絶したのだ。 「う、うわ、わあああああああああああああああああッ!?」 今度は、ジョヴァンニが叫ぶ番だった、そして、なりふり構わずに逃げた。 一歩、二歩、三…! 三歩目を踏み出したとき、左足の動きが止まった…いや、留められた。 振り向くと、銀色の糸が何本もブーツに絡みつき、まるで大蛇のような力で足を締め付けていた。 「うわっ!ああ、ああわああああ!」 慌てながらも、何とか『ブレイド』を詠唱し杖を刃にした。糸を切断しようと足掻くが、糸は鋼のように硬い上、切っても切っても再生し、足へと絡みつく。 そうこうしているうちに糸は太く絡まり、荒縄のように…そして蛇のように足を登ろうとした。 「ちくしょおおおおっ!」 ギースは雄叫びを上げて、自分の足を切断した。 千分の一秒だけ躊躇したが、それ以上はジョヴァンニと同じ最期を辿ることになる、決断は早かった。 すぐさま、『フライ』を詠唱しようと、したが、糸はもう片方の足へと絡みついていた、中を浮いた体が、ぐいぐいと船室へと引きずり込まれようとしている。 「嫌だ!嫌だ!助けて!助けて!」 「往生際が悪いわよ」 船室の中に引きずり込まれると…そこには、暗くて良くわからないが、女の形をした『何か』が居た。 その『何か』は、背中に長剣を背負い、腕から銀色の糸を生やしていた。 着ている服は血に塗れ、所々を切り裂かれたローブは、もはや服としての機能を成していない。 「ひっ…」 「聞きたいことがあるわ…貴方の依頼主についてね」 「ひっ、ひっ、ひ…」 ギースの頭が急速に冷めていく。 目の前の『何か』は、化け物のような力を持っていても、見た目は『女』だった。 こいつは女だ!どんな化け物であっても、女に違いない!そう自分に言い聞かせて、気を落ち着かせる。 「な、なななななんでもしゃしゃしゃ喋る、だかかかから助けてててててくへ!」 「そう、じゃあ場所を移しましょう?ここじゃあ目立つわ…」 ギースは、必死で声を震わせた、恐怖で震わせるのではなく、詠唱を誤魔化すために声を震わせた。 「(ウル)わわわか(カーノ)った!(ジエー…)ひ、は、おれは(……)」 ぴくりと女の眉が上がる、詠唱に気づかれた?だが俺の方が早い! 「うおおおおおっ!」 杖の先端から、ありったけの精神力を込めた炎が迸る。 炎は、自分の足をも焦がしてしまうだろうが、そんなことはどうでもいい。 とにかく今は逃げるために、生き延びるために、こいつを焼き殺さなければならない。 「うおああああああ!」 叫んだ、そして、力を振り絞った。 だが、その悪あがきは、女が背負っていた長剣によって切り裂かれた。 ごぉうという風の巻き上がる音を立てて、炎が消える。 女は長剣を…片刃の長剣を、ギースの顔に突きつけていた。 「…ひどい炎ね、人質も一緒に焼く気?」 その言葉と共に、剣が首へと差し込まれ…ギースの首は胴体と永遠の別れを告げた。 女は…、いや、ルイズはデルフリンガーを手にしたまま、人質となっていた生徒を抱きかかえる。 そして甲板の縁に立ち、高さを知るために下を見下ろした。 「まずいわね、私、レビテーションも使えないのに…」 すでに高度は百メイルに近い、自分が飛び降りる分には問題ないが、生徒を無事に下ろすことはできない。 ルイズは、後ろめたさからデルフリンガーに話しかけるのを躊躇ったが、生徒の命を助けるためには仕方ないと自分に言い聞かせ、静かに話しかけた。 「…デルフ。私の杖は確か『風のタクト』って言うんでしょう?これを使えば平民でも空を飛べるって言ったわよね、使い方を知らない?」 デルフリンガーは拍子抜けするほどいつもの調子で、かちゃかちゃと鍔を鳴らして答える。 『あー、どうっだったかなー。えーと…そうそう、イミテーションの宝石を回すんだ』 「イミテーション?……ああ、これ」 ルイズはデルフリンガーを口にくわえ、杖のグリップに埋め込まれている宝石を回した。 すると体が軽くなり、ふわり…と浮き始める。 ルイズは宝石を元に戻すと、甲板から地面に向かって飛び降りた。 空中で一度、二度と杖の中に仕込まれている『風石』を発動させ、落下速度を殺していく。 数秒後、どすん、と音を立てて地面に着地した。 衝撃はそれほど強くない…人質となっていた生徒も大丈夫だろう。 ルイズは生徒を適当なところに寝かせ、足かせを引きちぎった。 ちらりと脇を見ると……フリゲート艦で待機していたゾンビメイジの『残骸』が目に入る。 アンドバリの指輪の力でも再生できぬよう、三十六分割されたそれは、文字通りの残骸であった。 目が覚めたときこれを見つけたら、また気絶してしまうだろう…そう考えて、ルイズはクスッと笑みを漏らした。 「!…近づいてくるわね」 遠くから聞こえてきた音に、ルイズは敏感に反応する。 耳を地面に当てると、馬の蹄の音と、人の足音が聞こえてくる…間もなくこの生徒も発見されるだろう。 ルイズはデルフリンガーを鞘に収めると、木々の間をすり抜けて、その場から離れていった。 ◆◆◆◆◆◆ 「厄介ね!」 キュルケはそう叫びながら、宙に浮いた炎の弾を操り、ゾンビメイジの『マジック・アロー』を相殺していく。 シエスタから『波紋』を注ぎ込まれたキュルケは、一時的に精神が研ぎ澄まされているが、それでもコルベールの技を真似することは出来なかった。 コルベールが巨大な蛇状の炎を操るのに比べ、キュルケは直径50サント程の火球を一個操るのがやっと。 アニエスと戦っていたメイジが、炎で焼かれた腕を再生できないことから、ゾンビの弱点が炎であることは理解できた。 水系統の力で動いている以上、水分が必要だと証明されたのだが、それはかえってアンドバリの指輪が持つ人知を超えた力を見せつけているようでもあった。 「ほんとに!厄介、ねっ!」 キュルケの相手は、風系統の高位のメイジらしい、風の障壁を貼りつつ『マジック・アロー』を飛ばしてくるのだ。 キュルケの炎では障壁を越えにくい、超えたとしても、多少の炎ではゾンビを行動不能にできない。 タバサは、オールド・オスマンを連れて待避している。 オスマンの波紋は、リサリサの直系であるシエスタに比べて、はるかに弱い。 メイジの足止めをしたのが一回、ロフトの教師用テーブルを投げ落とす際に肉体を強化したのが二回……それだけでオスマンの呼吸は乱れ始めていた。 そのため、タバサに頼んでオスマンと怪我人を下がらせたのだが…アニエスとキュルケだけでゾンビを相手するのは辛い。 キュルケが攻めあぐねている時、アニエスは激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。 ゾンビは杖を燃やされたので、胸に突き刺さっている剣を引き抜いて使っている。 …アニエスの旗色が悪い。 「く!……なんて馬鹿力だっ」 吸血鬼ほどデタラメではないが、ゾンビは人間が備えているリミッターの外れた状態で戦っている。如何に歴戦のアニエスでも限界がある。 「アニエスさん!」 と、背後から誰かが叫んだ。 アニエスはその声が誰なのか解らなかった、ゾンビの剣に絡まったツタを見て…そしてツタに流れる『ライトニング・クラウド』のような閃光を見て、それが『魔法とは違う何か』だと直感的に理解した。 「山 吹 色 の 波 紋 疾 走 !」 シエスタが放った波紋は、剣を握る手に麻痺を起こさせた、その隙にアニエスがゾンビの体を蹴って距離を取る。 ゾンビは、剣を落とし…ふらり、ふらりとした足で少しずつ後ろに下がっていった。 「アニエスさん、大丈夫ですか!」 「礼は言う!だが非戦闘員は下がっていろ!」 「そういうわけには行きません!」 シエスタは半身に構えて両腕を前に出し、腕に絡めたツタを垂らす。 アニエスは何か言おうとしたが…そんな余裕がないと気付き、無言で剣を構えなおした。 だが、ゾンビは襲いかかってくる気配もない。 それどころか、自分の手を見て、周囲を見渡して……まるで迷子の子供のような顔をしてあたりを見回している。 「…様子が変だ」 アニエスが呟いた、その時。 「う、うおおおおおおっ!」 ゾンビが、キュルケが相手しているゾンビに向かって体当たりをした。 ごろん、と床に倒れ込むと、もがくゾンビを取り押さえて、叫ぶ。 「燃やせーっ!早く!俺ごと、やれーっ!」 キュルケはその言葉に、一瞬だけ躊躇いを見せた。 だが、それは本塔に一瞬のこと…杖を二人のゾンビに向かって振り下ろす。 ごうごうと音を立てて二人のゾンビが燃えていく、あたりに焦げ臭い、人間の焼ける嫌な臭いが立ちこめていく……しかし、誰もその場から離れようとしなかった。 皆、じっと燃えていく様子を見つめていた。 しばらくすると、炎が消えて、黒こげになったゾンビ二体が床に残る。 「…………」 もう、どちらがどっちなのか判別できないが、片方のゾンビが声にならぬ声を呟いていた。 皆、自然と耳を澄まし、その言葉を聞いた。 「と りす て いん の とも よ しょう き に も どし て くれた あ り が と……」 その言葉を聞いて…キュルケとは、床に膝をついた。 アニエスは祈るように両手を重ね、握りしめる。 シエスタは、水の精霊に会い、リサリサの記憶の一部を受け継いだことを思い出していた。 曖昧な記憶なので、はっきりと思い出すことは出来なかったが、正気を取り戻したゾンビを見て、ある一つの記憶が鮮明になった。 曰く『波紋は精霊に干渉できる』 ◆◆◆◆◆◆ 人質となっていた少女が衛兵に発見され、魔法学院に運ばれたのを確認してから、ルイズはトリスタニアへと足を向けた。 兵士達の会話の中から、魔法学院に潜んでいた賊が殲滅されたことを知ったので、もはや自分の用は無いと判断したのだ。 ルイズは、いつものように街道を避け、街道沿いの林の中を歩いていた。 「ねえ、デルフ」 『ん?』 デルフがいつものように背中から返事をする。その声はいつもと変わらなくて…変わらなすぎて、かえってルイズを不安にさせた。 「あなた、心を読めるんでしょう」 『前にも言ったけど、多少ならなあ』 「私の心、読んだ?」 『………あー、もしかして、見ず知らずの親子を殺したのを気にしてるのか?』 ルイズが、足を止めた。 背中の鞘からデルフリンガーを引き抜き、銀色に輝く刀身を見つめる。 「…軽蔑した?」 『いんや、別に』 驚くほど軽く、デルフリンガーが呟く。 それでは納得できないのか、ルイズはその場に座り込んで、足下にデルフリンガーを突き刺した。 「どうしてよ、だって、貴方は、武器屋で見つけたとき、私をずいぶん嫌ってたじゃない」 『いや、そうだけどさあ……』 デルフリンガーは言いにくそうに、鍔をカチャカチャと数度鳴らして…ぽつぽつと語り出した。 『俺っちは剣だ。悪いものばかりじゃなくて、いろんな奴に使われて人間も沢山切ってきた。おれは誰に使われるかを選べねー。 でもよう、嬢ちゃんはずっと後悔しっぱなしじゃねーか。俺っちは元から剣として生まれたから、自分じゃ戦うのは嫌だなーと思ってるけど、人を切るのに抵抗もないんだわ。 嬢ちゃんはずっと我慢してるじゃねーか。できるだけ相手を選んで殺してるし、希に我慢できなくなるのも仕方ねーと思うよ。 それに俺、嬢ちゃんはもっと食欲に流されると思ってたんだぜ。でも人間を襲わないようにすげー努力してるのは解る。 親子のことは可愛そうだと思うけどよ、貴族の横暴で似たような死に方してるヤツなんて、数え切れないほど見てきたぜ。 俺はよ、後悔し続けるそんな嬢ちゃんを嫌いになれねえ』 ほんの数分、沈黙が流れた。 ルイズは、そっとデルフリンガーを引き抜くと、その刀身を優しく抱きしめる。 「あんたが、人間だったら良かったのに」 『よせやい』 空を見上げる……月は雲に隠れているが、所々から綺麗な光線が漏れていた。 「この戦争を、終わらせましょう」 誰に言うでもなく…いや、自分に言い聞かせるように呟く。 月を見上げたルイズは、憑き物が落ちたように、穏やかな微笑みを浮かべていた。 To Be Continued→ 70後半< 目次 >72
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前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 21.最高の盗賊に栄光あれ 最近、才人は家に帰ると自室の押入を開けその中に入る。 オブリビオンの門がそこに開いているのだ。 正確にはヴァーミルナの領域、クアグマイヤーへの門が。 『おお、ぼーやか。おもしろかったぞこれ』 と、ヴァーミルナはご満悦そうに言った。 ドリルが格好良くて怖かったらしい。たしかにそうだ。 「また怖くできそう?」 『ああ。もっともっと怖くできるだろうなぁ』 にんまり顔の彼女はひどく可愛らしい。 そりゃ、才人が頼んだ姿形に変わってくれるのだから当然だが。 「ところで、ここっテさ」 『なんだ?』 「いや、ヴァーみルナが創った化け物とかは見るケど、 元からいルのっておマえだけダよなって思ってさ」 時間が経って二人の仲は良くなった。ヴァーミルナからしてみたら恐怖の情報源であり、 自身の信奉者なのだから、それなりに礼は尽くそうと思っている。 才人からしてみれば、何というか姿形もそれはそうだが、 どこか儚げな感覚が常に付きまとう彼女に、面と向かって見られると、 顔が赤くなってしまったりもする。 それをネタにからかわれたりもしているが。 『ああ、いらないからな。寂しくなんかないぞ。全くな。全然寂しくなんかないからな』 これ以上ないくらい寂しいから、 構ってくれオーラを出しながら言う彼女を見て、 案外、神様っていウのも人間くサい所があルんダな。 頬を膨らませながらも、何もしないヴァーミルナの頭を撫でながら、 そんな事を才人は考えた。 言うべきかナあ。昨日何かコこで出来ないカなト思ったら、 何デか知らないケど俺にも『創レた』っテ事。 『どうした?ぼーや』 「イや、何デもナいヨ」 そんなこんなで、また二人で悪夢の世界を過ごすのだった。 『Welcome to Quagmire』と書かれた霧の町の中の、 綺麗な湖の畔、二人は佇んでのんびりと過ごす。 何もせずにただ、それだけで何となく二人とも気分が良い。 車が湖に落ちた。だが、それが彼にとっての幸せなのだ。 例えそれが妻の望みでないとしても。 才人の精神は摩耗しているかもしれない。 マーティンのような英雄でもない常人の身で、 人でない存在の領域、オブリビオンに居続けるということはどういう事か。 彼はまだ理解できていないのだ。ヴァーミルナは気付いてすらいない。 あいつは、いなくなった。私よりもどこかに消え去る事を選んだ。 エセリウスにすらいない。どこに行ったか未だ分からない。 けど、こいつは。いや、何を考えているんだ私は。 ヴァーミルナに芽生えたそれは、ずっと昔に忘れた感情の一つであった。 アルビオン王国最後の砦、ニューカッスル城。 『イーグル号』と『マリー・ガラント号』は、 その城の隠された港を通り、ルイズ一行は現在、 ウェールズの居室にいた。 ここが王子の部屋?私の寝室よりひどいぞ。 マーティンはそう思いながら、曇王の神殿を思い出す。 北国故食う物はワイン以外悪く、オブリビオンの門を完全に塞ぐ為に、 デイドラ研究の毎日だった。しかしそれでも寝床は、 ちゃんとした皇帝らしいベッドで眠れた。 皇帝直属の護衛部隊である、ブレイズ側からしてみれば、 これぐらいはしないといけない。と考えていたらしかった。 「これが姫からいただいた手紙だ。このとおり、たしかに返却したぞ」 「ありがとうございます」 ルイズが恭しく手紙を受け取ってから、明日の便でトリステインに帰りなさいと、 ウェールズは言った。 「その、殿下。王軍に勝ち目は無いのですか?」 「ああ。万に一つすらね。今我々に出来ることは、勇敢な死に様を奴らに見せる事だけだ」 言いながら笑うウェールズを見て、マーティンはいたたまれなくなった。 自分も、下手をすればこうなっていたのだ。そう思って。 「殿下…この手紙は――」 それは恋文であり、アンリエッタとは恋仲だった。そうウェールズは言った。 ルイズは彼に亡命を勧めたが、結局彼は折れようとはしなかった。 「君は正直だね、ミス・ヴァリエール。だが、亡国への大使としては適任だろう。 もはや我らに隠す事などない。誇りと名誉だけが我々を支えているのだ」 さぁ、パーティが始まる。最後の客である君たちを是非とももてなしたい。 ウェールズの言葉を聞き、マーティンとルイズは部屋を後にした。 ワルドがウェールズに頼み事をして、ウェールズはそれを引き受けた。 「諸君。忠勇なる臣下の諸君に告げる――」 王の言葉がパーティ会場のホールに響く。 彼はおそらく、本心から皆の事を気遣っての事だったのだろうが、 むしろ、余計に明日の最後の戦いへの士気を上げる事となってしまった。 だが、それで良いのかもしれない。 彼らは、もう助けることが出来ないのだ。 もしトリステインに入れてしまったら何が起こる? 貴族派へトリステインを攻め入る口実を作るだけだ。 それに、ここで助ける事ができても彼らはどう生きていけば良い? 最後の最後まで残った彼らは、決して他の王へなびきはしないだろう。 一人の君主に仕える、彼らの意地と誇りを汚そうとする真似なんて、 マーティンには出来なかった。もしかしたら、デイゴンを倒せなかったら、 自身がこのような事を言っていたかもしれないのだ。 だからこそ、マーティンは彼らの勧める物を一つ残らずいただく事にした。 「おお、良い飲みっぷりですな!それでこそ勧めた甲斐があるという物。ささ、もう一杯!」 彼らは、悲しみだとか恐怖を忘れ、どうやって格好良くあの世へ逝くかを考えているのだろう。 この雰囲気は北の街『ブルーマ』近く、決戦場と今では呼ばれる、あ のデイゴンの軍隊と戦った時の空気と殆ど同じだった。 勝てるかどうか。そんな事は全くもって分からなかった。 だが、勝たなければ定命の存在全ての命が脅かされてしまう。 勝つ他無かった。あの時も友がいたからこそ何とかなったな―― 昔を思う。皆と、かの英雄がいたからこそ上手く行ったのだな、と。 ふと、辺りを見回してみると、ルイズの姿が見あたらない事に気付いた。 おそらく、この空気が嫌になったのだろう。分からないでもない。 だが、ワルド子爵も気付いたらしい。私に礼をすると、 彼女を探しにホールから出て行った。 気が付いたら、隣にウェールズ皇太子がいた。 「人が使い魔というのは珍しいものですね」 「いやはや、トリステインでも珍しいそうですよ」 違いないでしょうね。ウェールズは笑った。心からの笑みだった。 彼も恐怖が無いわけではない。ただ、忘れて進もうとしているだけだ。 だから彼は司祭だという彼に祈って欲しかったのだ。 「貴男の様な若い方に先に逝かれるのは聖職者としてでなくても悲しい事です」 「そうですかな?けれど、おそらく私たちは祖先の下へ行く事が出来るでしょう。祈って下さいますか?明日の為に」 「その、私はこの辺の国の司祭では無いので――」 おお、とウェールズは驚いたらしい。目を見開きしっかりとマーティンの顔を見た。 「いや、失礼。では、あなたの国の神でも構いません。祈ってくださいますか」 「ええ、分かりました。九大神よ、民草を守り導いた戦神タロスよ。どうかこの者達にご加護をお与え下さい…」 マーティンの古い祖先、タイバー・セプティムが神格化した存在、タロス。 北の竜の異名を持つ彼は死後、神格化して後戦いの神となり、 旧八大神に加わって、今のタムリエル帝国の国教『九大神』に奉られる神の一つとなったのだ。 「ありがとう。始祖と更に異国の神の加護を得られたのだ。 明日の戦は敵に目に物見せることが出来るだろう。感謝するよ。ミスタ・セプティム」 どういたしまして。本来なら負け戦になんてなって欲しくないが、 しかし、もうどうしようもないのだ。ほんの少しの人間で、 どうすれば大勢の敵にかなうと言うのか。 マーティンは、ウェールズが遠のいた後、 自分の寝床はどこかを給仕に尋ねていると、ワルド子爵に肩を叩かれた。 「マーティンさん。すこしお話したいことが」 「ええ。どうかしたのですか?ミスタ・ワルド」 ウェールズ皇太子を仲人に、明日結婚式を挙げるとの事だった。 勇敢な戦士、もしかすれば英雄になりえる者からの祝福は、 とてもありがたい物だ。マーティンはそう思い、 邪魔者にならない様に先に帰るべきか聞いた。 「いえ、問題はありません。グリフォンでも滑空で帰りますから」 それならあまり労力を使わないで帰ることが出来るらしい。 なるほど。そういう事なら出席しよう。マーティンはホールを離れ、 今日の寝床へと、ロウソクの燭台を持ちながら進んだ。 嗚呼、何故己はこうなのであろうか? ジェームズ王は、ベッドの中一人ため息をついた。 いつも、いつも自分の行いたい事を伝える事が出来ぬ。 思えばモードの時も―― 「夜分遅く、申し訳ありません陛下」 何人かの従者が困惑する中、扉から男が現れた。 嗚呼、なるほどな。王はこの男を見たことが無かったが、 おそらく先ほどのパーティで、 本当の所逃げたいと言いたかったのだと思った。 熱狂とは怖い物だ。いつだって正常な思考判断を無くしてしまう。 何故、私はこの様な事ばかり…己が無能だからだな。 コホンと王は咳をして、人払いを命じた。 立ったままの男と、ベッドに入った王が対峙する。 「用件は、先ほどの席の話かね?」 「いえ、プリンス・モードについての事です」 心臓が、凍った。 「な…」 「娘がまだ生きているのです。そして、何故かような事をしたのか、何があっても聞いてきて欲しいと」 ああ、そうだった。何が王に続くが良い、だ。 自身に戦場で散る様な名誉が、 残っているはずなかろうというのに。 「ああ、全て話そう。何があったか。全てをな」 マーティンが廊下を歩いていると、ルイズが廊下の窓を開けて、 月を見ているのを見た。涙を流している。 マーティンは何も言わず、彼女の近くへと行った。 ルイズは彼に気付いて、どうにか泣くのをやめようとしたが、 止めどなく涙があふれ出し、どうにもやめることが出来なかった 「泣きたい時は泣けるだけ泣いた方が良い。後で泣かなかった分後悔するからね」 優しく諭すようにマーティンは言った。 ルイズはマーティンに抱きつき、声を上げて泣き出した。 彼はルイズの頭を優しく撫で続けた。 少し落ち着いたらしい。ルイズが口を開いた。 「いやだわ…あの人たち…どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫さまが逃げてって言ってるのに、 恋人が逃げてって言ってるのに…」 「逃げたとして、どうするね?」 「トリステインで、匿えばいいじゃない。バレたりしないわ」 「彼らも貴族だよ。誇りや意地を無くす事は出来ない」 それでも、それでも。とルイズはまた泣きそうになって言う。 よしよしとマーティンは頭をなで続けた。 ルイズも理解はしている様だ。ただ、 それを是とは何があろうとしたくないのだろう。 当たり前だ。どうして今日知り合った友人の死を許すことが出来るか。 だが、どうしようもないのだ。本当に、どうしようもないのだ。 「それが、真でございますか」 真実が語られ、沈黙に包まれた寝室の中、見知らぬ者が小さく言った。 「うむ。さぁ、朕を討て。あの娘にはそれをするだけの理由がある」 「何か勘違いしておりますな。陛下」 男はニヤリと笑った。 「何が違うと言うのか。汝は朕の命を狙いにあの娘から頼まれたのであろう?」 「残念ですが、命を盗む事は我らの流儀に反するのです」 「何…盗むだと?」 男は灰色頭巾を被った。途端に王の顔色が変わる。 「き…貴様まさか!!」 「待たせたな!と言うべきだろうかな。テファにあんたと王子を助けろと言われて来たのだ。手ぶらで帰る気は全くないぞ?」 グレイ・フォックス。彼が起こすは不可能な任務の成功劇。 やがて起こる、一連の伝説的な時代の幕開けを飾るとも言えるこの事件は、 後の世では歌劇として親しまれた。灰色狐の伝説が、今また一つ書き記されようとしている。 クエスト『灰色狐の強奪』が更新されました。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第75話 伝説の勇者たち (前編) 四次元怪獣 トドラ 登場! 異世界ハルケギニアにて、宙に浮かぶ大陸アルビオンの今後一千年の歴史を 左右するであろう最終決戦が、その後ろで糸を引いているものの思惑も含めて 幕を上げようとしている頃、舞台裏では表の大事にも匹敵する特大の異変が 生じていた。 イギリスの事件を解決させ、日本への帰路についた、元GUYS JAPAN隊員 イカルガ・ジョージとカザマ・マリナを乗せた、ヨーロッパ航空101便を、突然の激震が 襲ったとき、偶然か、それともたちの悪い運命であったのか、この一機の超音 旅客機をめぐる、GUYS史上に特筆されて残る事件は始まっていた。 怪獣ジラースとの戦いの疲れもあって、機内で安眠をむさぼっていた ジョージとマリナは、機体を貫いた不気味な振動に目を覚ましていたが、 最初はよくある乱気流にでもぶつかったのではと、あまり気にしなかった。 けれど、次第に窓際の乗客たちが騒ぎ出し、これはただ事ではないなと感づいた。 「どうかしたんでしょうか? なにやら騒がしいですが」 「それが、飛行機の外が突然真っ白になって、なにも見えなくなっちゃったんです」 隣に座っていた、壮齢の女性に何事かを尋ねて答えを得ると、確かに機外の 風景が右を見ても左を見ても白一色に染まっていた。最初は雲の中かと 思ったが、飛行機は普通危険な雲の中は飛ばない。GUYS時代から、キッカー、 レーサーとして培った危険を察知する直感が、背筋を冷たい手でなでられるような 感覚を彼らにもたらしていた。 「マリナ、どうする?」 「待って、まだ異常事態とは限らないわ。もう少し様子を見ましょう」 様子はおかしいが、もしかしたら本当にただ何かしらの理由で雲海を飛んでいる だけかもしれない。だがそのころ、東京国際空港には、ヨーロッパ航空101便からの SOSが届いていたのだ。 「こちら101便、トウキョウコントロール、当機の位置を教えられたし」 「ディスイズトウキョウコントロール、101便、そちらの位置はこちらのレーダーには 映っていない」 「そんな馬鹿な、こちらはすでに日本の領空に入っているはずだ。高度も七〇〇〇は あるはず、映らないはずはない!」 「本当だ、こちらもロストしたそちらを探しているが、いまだに発見できない。 周りになにか見えないのか?」 「それが、周り中濃い雲に覆われてしまって、どこまで行っても切れ目がないんだ。 おまけに、高度計がいかれてしまって、上昇も下降もできないし、GPSにも 反応がない。なんとかしてくれ」 悲鳴のような101便からの救助要請に、管制官はすぐにでも救難隊を差し向け たかったが、位置がつかめないのではどうしようもなかった。 「ともかく落ち着いて、状況と位置の把握に努めろ、無線が通じるということは 日本近辺のどこかにいるはずだ。こちらも至急対策を考える」 そうは言ったものの、管制官にできることは上司に報告し、引き続き101便の 行方を捜索するくらいしかなかった。 しかし、そうしているうちにも101便が東京国際空港に到着している時間は 迫ってきて、乗客たちも異常事態に気づき始めていた。 「おいどうなっているんだ、もう空港についていていいはずじゃないか!」 「今どこを飛んでるんだ? 本当に日本に着くんだろうな!」 乗客が不安のあまりにスチュワーデスに詰め寄り始めている。もちろん、 ただの客室乗務員に事態を解決できるはずはないのだが、冷静な判断力を 失いかけている乗客はわからない。 ジョージとマリナも、もう普通ではないのは確実だと席を立とうとしたが、 二人が立とうとしたときに、逆隣に座っていた親子の、三歳くらいの男の子が 大声で泣き出してしまった。 「ああ、どうしたのひろくん、泣かないでね、よしよし」 母親が泣き喚く子供をあやそうと頑張っているが、子供はこの場の殺気立った 空気を怖がっているので、なかなか泣き止んでくれない。マリナは、このまま いこうかどうか迷ったが、そのとき親子の反対側の窓際に座っていたざんばら髪の 山登りをしてきたようなかっこうをしたおじさんが、リュックから茶色くて先っぽが 筆のようになった大きな棒を取り出して、泣く子供の鼻先をこちょこちょとくすぐった。 「ほらほらぼうや、これ見てみい。これはな、ライオンの尻尾なんやで、これで 頭をなでるとな、強い子になれるんや、だからぼうやも泣くのやめ」 うさんくさい関西弁で、その山男みたいなおじさんはニッと歯を見せながら、 男の子に笑いかけると、男の子は最初びっくりしたようだったが、ライオンの 尻尾と聞いて興味を持ったようで、おそるおそるもじゃもじゃに手を出した。 「ライオンの尻尾? ほんとに」 「ああ本当や、おじさんは世界中を冒険しててな、アフリカで秘境探検の末に 原住民の長老からこれをもろたんや。古代の魔力がこもったすごいもんなんやで、 だから、これでなでられたぼうやはもう強い子や、強い子は、泣いたりへんよな?」 「……うん!」 「ええ子や、じゃあ特別サービスで、これは坊にやる。大事にせいよ」 「うん!」 男の子は、そのインチキくさいライオンの尻尾とやらを大事に抱きしめて、 うれしそうに笑った。 そんな様子を、母親や、ジョージとマリナも唖然として見ていた。見るからに 怪しい変なおじさんだが、母親でもあやせなかった子供のかんしゃくを ピタリと抑えてしまった。 けれど、機体にまた激しい振動が加わると、その子はビクリと震えて、 母親にしがみついた。やはり子供は子供、自分ではどうにもならないことに 恐怖を感じるのは当たり前なのだ。だがそこへ、二人をはさんで反対側に 座っていたおばさんが、ビニール紙に包んだキャラメルを差し出してくれた。 「どうです、なにかを食べてれば気分も落ち着きますよ。皆さんもどうぞ」 「あ、どうもありがとうございます」 行き渡った四つのキャラメルをそれぞれが口に含むと、ほんのりとした 甘さが、口の中に広がっていった。 「あまーい」 「うん、こりゃうまいで」 「それはよかった。実は私は北海道で牧場をやっているんですけど、 そこで育てた牛からとった牛乳で作ったもので、イギリスに営業に 行った帰りなんです」 確かにこのうまさなら、イギリスでも通用するだろうと、ジョージもマリナも思った。 男の子も、すっかりうれしそうにしながら、母親といっしょに口の中の キャラメルを舐めている。 そこで、インディアンのおじさんが、男の子の頭を豪快になでた。 「よかったな坊や、けどもう男の子は泣いちゃいかんで」 「うん……でも」 「怖いか? だいじょぶや、おじちゃんがついとる。実はおじちゃんはな、 昔防衛隊にいてな、怪獣と戦っとったんや」 「ほんと!?」 「ほんとや、こーな、でっかい宇宙ステーションや、かっこいいジープを 乗り回しとって……おっと、わしゃ免許はなかったっけか? もちろん、 ウルトラマンといっしょに戦ったこともあるんや」 得意げに話すおじさんの言葉に、男の子はすっかり夢中になっている。 「だからな、そんなすごいおじちゃんがおるんやから、坊が心配することは なんもあらへん。そっちの兄ちゃんたちや、おばちゃんも平気にしとるやろ」 こういうとき、大人がしっかりしなければ子供はどうしていいかわからない。 ジョージとマリナは毅然とした態度で、男の子に笑いかけ、おばさんも にこやかに微笑んでいた。 「これで、もう大丈夫ですわね」 「ええ、ですがそれにしても、あなたはこの状況でよく平然としていられますね」 マリナは、周りの乗客が少なくともそわそわしているのに、このおばさんは まったくといっていいほど平然としているのに、少し驚いていた。 「いえ、私も不安ではありますけどね。実は、私の兄が昔防衛隊で働いて いましたから、母の教えで、いつも命がけで頑張っているシゲルに恥ずかしく ないように、私たちも強く生きましょうって、そうやってきたんです」 ということは、怪獣頻出期のいずれかの時期にあった防衛チームのどれかに 所属していた人のご家族ということか、確かに防衛隊は警察や消防と同じく いつ死んでもおかしくない危険な仕事であるために、家族にもそれ相応の 覚悟が必要とされ、それゆえにテッペイのようになかなか家族に打ち明けられ なかったり、親御さんが除隊を求めることも少なくないという。 二人は、こうした人々にも歴代の防衛チームは支えられてきたのかと、 目に見えないところで頑張っている人々の熱い思いに感じていた。ならばこそ、 今こそ自分たちが働く番なのである。 「どうやら、日本に帰る前に一仕事こなさなきゃいけないみたいだぜ」 「ミライくんたちに会う前に、勘をとりもどしておきますか」 ジョージとマリナは、GUYS隊員としての目に戻ると、己の使命を果たすために立ち上がった。 客室内は、いっこうに事態の説明をしない乗務員側に対して、乗客のいらだちが 限界に達しようとしていたが、二人はそんな人々を掻き分けて、必死で乗客を 抑えているスチュワーデスの前に出た。 「お客様、どうか座席にお戻りください!」 「私たちはCREW GUYSのものです。なにかご協力できることがあればと思うのですが」 マリナがGUYSライセンスの証明証を見せると、客室内が驚きと、同時に期待に 湧きかえった。もっとも、スチュワーデスさんは二人の見せたGUYSライセンス証以上に、 ジョージが世界的に有名なスター選手だと気づいて、どうやら熱烈なサッカー好きのようで うれしさのあまり失神しかけたが、なんとか落ち着かせて操縦席に案内してもらった。 「GUYSの方ですか、助かりました。今の状況は我々の範疇を超えています」 機長は、プレッシャーに押しつぶされそうだったところで責任から解放されて、 事態を彼らに説明した。ともかく無線だけはなぜかつながるが、ほかの計器が まるで役に立たない。 ジョージとマリナも、思いつく限りのことは試してみたが、すべて無駄だと わかると、すぐさま管制塔に向けて無線を送った。 「101便より、トウキョウコントロール、当機は異常な空間に飲み込まれている もよう、ただちにGUYS JAPANを出動を要請してください」 これを受けて、それまで対応に右往左往するばかりであった空港側も ようやく明確な行動方針を見つけることができ、連絡を受けたGUYS JAPANは ただちにフェニックスネストより、先陣としてミライをガンウィンガーで東京空港に派遣した。 「こちらミライ、今東京国際空港に到着しました。テッペイさん、何かわかりましたか?」 滑走路を封鎖した空港にガンウィンガーを着陸させ、ミライは管制塔でフェニックスネストに 連絡をとっていた。 「ああ、アウトオブドキュメント、ずいぶん古い記録だけど、これと似た事件が過去に 報告されています。おそらく101便、ジョージさんたちの乗った飛行機はその空港の すぐそばにいると思われます」 「そば、ですか? でも、ガンウィンガーのレーダーにもそれらしい影は捉えられて いませんが」 「それがね、一九六六年に同じように旅客機が空港のすぐそばで行方不明になり、 通信だけができるという事件があったんだ。そのとき、その旅客機は次元断層とでも いうべき、異次元空間にはまりこんでいたらしい」 「異次元空間に!? ということはヤプールの陰謀ですか?」 「それはまだわからない。異次元空間を利用するのはヤプールだけではないからね、 今こっちでもGUYSスペーシーに協力してもらって調べてる。もう少し待って」 「G・I・G」 今フェニックスネストではテッペイやコノミが、新人オペレーターに指示しながら、 この事件の詳細を調べているのだろう。ならば、まかせて待つのが一番確実だ。 ミライは、フェニックスネストとの通信を一時切ると、ぐるりと管制塔の窓から 空港を見渡した。 「兄さんも、この景色を見ていたのかな」 この管制塔というのは空港全体が見渡せて、とても眺めがよかった。 メビウスが地球に来る二十年前、ウルトラマン、セブン、ジャック、エースの ウルトラ四兄弟はヤプールが作り出した究極超獣Uキラーザウルスを、変身能力を 失うほどの封印技『ファイナル・クロスシールド』で封印した後、地球で人間の姿で 生活していて、そのときにウルトラマンは旧科学特捜隊のハヤタ隊員の姿で 神戸空港の管制官として働いていたという。ミライは敬愛する兄と同じ風景を 見ているかと思うと、胸が熱くなるような気持ちだった。 それから数十分ほど経ってから、再びフェニックスネストからテッペイの連絡が はいってきた。 「お待たせミライくん、ジョージさんたちの居所がわかったよ!」 ミライのGUYSメモリーディスプレイに、GUYSスペーシーの衛星が撮影した、 空港周辺の気象図が送られてきて、その一つの雲に赤い×印がしてあった。 「ここですか?」 「ああ、レーダーに映らないというところがポイントなんだ。衛星写真では、 その雲ははっきり映ってるけど、地上のレーダーからはその雲だけが映って いないんだよ」 なるほど、と、ミライはテッペイの情報分析力にあらためて信頼を強くした。 まさに逆転の発想、常識を超えた怪事件に対応するには柔軟な思考が必要と されるのだ。 そのとき、管制塔にタイミングよく101便からの連絡が入ってきた。 「こちら101便、ディスイズトウキョウコントロール、オーバー?」 「こちら東京空港、ジョージさんマリナさん大丈夫ですか?」 「その声は、ミライか!? 久しぶりだなアミーゴ!」 「ミライくん、さっそく来てくれたのね。リュウもなかなか粋なはからいするわねえ、 元気だった?」 「はい、おかげさまで。そちらは大丈夫ですか?」 「ああ、今のところ乗客も落ち着いて、機体も平常飛行を続けているが、相変わらず どこを飛んでいるのかはわからん」 やはり、101便は異次元空間の中をさまよっているのだと思ったミライは、 すぐさまテッペイが対策を打ってくれていることを知らせて、続いて通信を フェニックスネストにもつなげた。 「ジョージさん、マリナさん、お久しぶりです。お二人がその機に乗っていたのが、 不幸中の幸いでした」 「俺たちには不幸以外の何者でもないけどな」 「まあそう言わないで、時間がないんですから、101便の燃料はあとどれくらい 持ちますか?」 そうだ、時間は限られている。いまのところは飛行を続けられているが、 航空機の燃料はいずれ尽きる。異次元空間の中で墜落してしまったら、 どうなるかはまったくわからない。 「巡航飛行を続けてるから、あと二時間は持つはずだが、正直余裕があるとは いえねえな」 二時間、その間に救出しなければ101便は永遠に異次元空間をさまよってしまう。 「了解しました。こうなったら、ガンフェニックスで突入して、異次元空間の外まで 101便を誘導するしかありません!」 「おい待て! そりゃ危険だ。下手すりゃ二重遭難になるぞ」 「そうよ、ここでGUYS全滅なんてなったらどうするの」 「お二人をはじめとする、二百余名の人命を犠牲にするわけにはいきません。 それに異次元空間への突入は、ウルトラゾーン以来二度目ですから、 こちらの世界へ誘導するビーコンを用意しておきます」 ウルトラゾーンと聞いて、ミライの表情が引き締まった。メビウスが地球に来る 直前、メビウスは太陽系内に突発的に開く異次元の落とし穴であるウルトラゾーンに 引きずり込まれていく宇宙船アランダス号を救い損ねて、乗組員バン・ヒロトを 犠牲にしてしまったことがあり、二度と悲劇を繰り返しはしまいと決心していたのだ。 そして、異次元空間へ突入し、101便を救出する作戦はリュウ隊長に 承認され、ガンローダーにテッペイ、ガンブースターにリュウ自らが搭乗した。 コノミはフェニックスネストに残り、こちらの世界からガンフェニックスを ナビゲートする。カナタやほかの新人隊員は作戦参加を申し出たが、 万一リュウたちまで帰れなくなった場合は、彼らが後を継がねばならず、 ここは先輩のお手並みを見学しておけということで、残留してサポートする こととなった。 残る時間は一時間五〇分、ただちに作戦は開始された。 「GUYS、Sally GO!」 「G・I・G!」 全隊員の復唱がこだまし、新旧共同のGUYSは出撃した。 だが、この時空間の歪みが、誰にとっても予測を超えた一大事の引き金となるとは、 このときはさすがに想像できている者はいずれの次元にも存在しなかった。 同時刻、ロンディニウム南方三〇リーグの上空で、突然シルフィードごと雲の中に 吸い込まれてしまったルイズたち一行は、気がついたら白一面の世界にいた。 「こりゃあ……なんの冗談なのかしら」 見渡す限り白、白、白……空は真っ白い雲に覆われて、足元はドライアイスのような 白い煙が漂っていて、足首より下がわからない。まるで雲の中のようだが、 足をついて立てる以上、雲の中ではないだろう。ともかく、天地創造の神とかいう 存在がいるとしたら、そいつの財布は絵の具一つ買うコインもないのではないかと 思うくらいに色彩的特長のない世界だったので、誰もがすぐには状況を把握できなかった。 「俺たち、ロンディニウムとかいう街に向かってて……そうだ、雲の中に吸い込まれ ちまったんだ!」 思い出してはっとすると、おのおのは顔を見合わせた。 ルイズが懐からぜんまい式の懐中時計を取り出して見ると、すでに短針は 元の位置から一二〇度も回転していた。 「四時間も経ってる!」 「なんてことだ! 貴重な時間をこんなことで!」 そこでシルフィードの背中に乗っていたミシェルが、硬いつもりでシルフィードの背中を 思い切り殴ってしまったものだから、びっくりしたシルフィードは彼女を振り落としてしまった。 「わあああっ!」 「危ない!」 急いで駆け寄った才人が危機一髪で受け止めたが、思いもよらずにお姫様だっこを されてしまったミシェルがほおを赤らめ、一瞬で機嫌を桜島火山のようにしたルイズが 蹴りを入れるというコントが発生したが、そんなことはともかく、これはいったいなんなんだろうか。 「ア、アルビオンに、こーいうことは、ないのか?」 お姫様だっこをしているせいで、蹴たくられて痛む股間を押さえることもできずに、 涙目で才人は尋ねた。大陸が空を飛ぶくらいだから、雲の中にはいることが できるんじゃないかと思ったのだが、「そんなおとぎ話みたいなことがあるわけ ないじゃない!」とルイズと怒鳴られた。どうやらハルケギニアはファンタジーと 思っていたが、限度というものはあるようだ。 それなのに、異常事態より先にルイズの関心は別にあるようだ。 「サイト、あんたいつまで抱きかかえてるのよ! さっさと下ろしなさい」 「おいおい、けが人に無茶言うなよ」 「うるさい! だいたいミシェル! あんたけが人だと思って黙って見てたら、 人の使い魔に好き放題ちょっかい出して、ちょっと調子に乗ってんじゃないの! 天下の銃士隊員ともあろうものが、でれでれ媚びちゃって情けない限りねえ」 ルイズの横暴がまた始まったと、才人は内心で嘆息した。腹部貫通刺傷に、 打撲、骨折複数箇所という負傷が二、三日で治るとでも思っているのか、 もし自分ならば、一週間はベッドの上で寝たきりのはずだ。 しかし、ルイズはここで眠れる獅子の尾を踏んでいた。 「言ってくれるじゃないか、貴族の小娘と思って呼び捨てくらいは大目に見ようと 思ったが、銃士隊への侮辱は許さんぞ」 「え? ミ、ミシェルさん?」 「サイト、お前の主人の言うとおりだ、銃士隊副長ともあろうものが、こんな傷 くらいでへばっている場合ではなかった、下ろせ」 「で、ですけど……」 「下ろせ」 据わった声で命令されて才人は気づいた。ミシェルの眼光が、初めて会ったときの ように、弱いものならそれだけで刺し殺せそうな冷たく鋭い光を放っている。 ルイズの挑発で、ミシェルの中に眠っていたプライドの炎が呼び覚まされていた。 逆らいきれず、才人ができるだけそおっとと気遣いながらも、足からゆっくりと 地面、とおぼしきところに下ろしていくと、ミシェルは驚いたことに、ひざに手を 置きながらも自力で立ち上がっていった。 「どうだ……これでも、まだ情けないなどと言うか」 だが、歯を食いしばり、額に油汗を浮かべており、相当の苦痛に耐えている ということはすぐにわかった。それでも、その苦痛をねじ伏せてでも立っている という気迫がルイズを圧倒した。 「な、なかなかやるじゃないの」 「ふん、あ、当たり前だ、お前たちとは、鍛え方が違う」 やせ我慢も、ここまでくれば見事といえた。そういえばうっかり忘れていたが、 あのアニエスと肩を並べて戦えるということは、単に腕がいいだけではまず無理で、 同格の精神的なタフさ、いわゆる負けん気の強さがないと、弱い者は徹底的に いびるあの人の下ではやっていけまい。実際、ツルク星人と対戦したときに いっしょに特訓したときも、あれが二日、三日と続いていたら才人は倒れていただろう。 だが、肉体を精神力でねじ伏せて動かすにも限度があった。 「う、ああ……」 「危ない!……っとに、無茶するから」 血の気を失って倒れ掛かったミシェルを才人が危うく抱きとめた。今度はルイズも 文句は言わないが、あとが怖いのでシルフィードの背中に乗せなおしてあげた。 「まったく、無理をするからよ」 「誰かさんにそっくりだけどね」 ぼやいたルイズにキュルケがツッコんで、ルイズはわたしはもっとものわかりが いいわよと、むきになって反論したが、それこそキュルケの言うとおりだった。 「負けず嫌いはどっちもどっちだろうに」 「そういうあなたも、人のことは言えない」 意外にもタバサにツッコまれて才人はびっくりした様子だったが、考えてみれば この中に負けず嫌いという標語が当てはまらない人間はいなかった。しょせんは、 体だけは大きい子供の集まりということか。 はてさて、こんな欲しいもののためなら譲り合う気ゼロの彼女たちのうち、 最後に景品を手に入れるのはどっちなのか? とてもじゃないが、引っ張り 合わせて子供が痛がったから、手を離したほうが母親と認められた大岡裁きは 期待できそうもない。 そんでもって景品のほうも、両手を引っ張り過ぎられてちぎれる前に、 どちらかを選べるのか? もっともこの場合、選ぶほうは心を決められても、 選ばれたほうが素直に受け止められるのかどうかについても問題があった。 まったくもって、いい意味でも悪い意味でも負けず嫌いすぎる若者男女は、 ゴールがどうなるかの予測をまったくさせず、複雑に心を絡み合わせたままで、 とりあえずここがどこなのかを確かめるために歩き始めた。 だが歩き出すと、意外にも足元にはじゃりじゃりと、川原で砂利を踏みしめている ような感触があった。となると、やはり雲の中ではないだろうと、才人は足元の もやの中に手を突っ込んで、それを掴みあげてみた。 「なんだ、ただのガラス玉か」 それは子供の拳くらいの透き通った玉砂利であった。でっかいおはじきとでも いえば適当であろうが、才人は興味をもたずに、それを一つずつ遠くへと 投げ捨てていった。 「ちょっとサイト、危ないでしょ」 目の前で石投げをされて、危なっかしく感じたルイズが文句を言うと、才人は 玉砂利をお手玉のように手の中で弄びながら笑った。 「いいじゃん、別に誰かに当たるわけじゃなし」 「そりゃそうだけど……サイト! ちょっとそれ貸しなさい!!」 突然目の色を変えたルイズは才人からその玉砂利を奪い取って、まじまじと見つめた。 「どうしたんだ、たかがガラス球に目の色変えて?」 「バカ言いなさいよ……あんた、これガラス球なんかじゃない。ダイヤモンドよ!」 「なっ、なんだってえぇ!!」 不満げな顔をしていた才人はおろか、キュルケやミシェルまでもが目の色を 変えてルイズの手の中の玉砂利を見つめ、次いで足元から自分もダイヤの 玉砂利を拾い上げた。 「ほんとだ……これは、みんなダイヤの原石よ」 「信じらんない、どれも五サントはあるわよ、これを磨き上げたらいったい何千エキューに なることか……」 名門の出で、宝石など見慣れているはずのルイズやキュルケでも、こんな 馬鹿でかいダイヤモンドは見たことがなかった。 唯一タバサだけが興味なさげに、その一個あるだけで大富豪になれる 石ころを見ているが、ここに元盗賊のロングビルがいたら気を失ったかもしれない。 しかも、足元にはそれらがごまんと転がっているではないか。もっとも、母親の 結婚指輪についていたちっぽけな宝石しか見たことのない才人は、ダイヤモンドが 高価なのはわかるが、価値が高すぎて実感がわかないらしく、焦点が外れた 視線でそれを見ていた。 「すげえな、これだけダイヤがあったらファイヤーミラーも作り放題だぜ」 などとのん気なことを言っているが、本当は天然ダイヤモンドでは ファイヤーミラーは作れず、むしろ元祖宇宙大怪獣が喜びそうな光景なのだが、 やがて二、三個を拾い上げると、ロングビルさんへのお土産にするかと ポケットの空きに詰め込んだ。 「まあ、適当に叩き売っても、子供たちの養育費の足しにくらいにはなるか」 「バカ! あっという間にハルケギニア一の大金持ちになれるわよ! ったく、これだから平民は」 「はぁ……そう言われてもな、俺ゃそんなに金があったって、別に使い道がないし」 ルイズやキュルケは、一国一城の主も夢ではない話に興味も持たない 才人に呆れたが、才人の美点は分を超えた物欲や金欲を持たないことだろう、 野心がないともとれるが、それで大成するのはほんのわずかで、大抵は 強欲な物欲の権化と成り果てる。 「ここはまさか、伝説の黄金郷かしら」 「だとしても、帰れない黄金郷なんか刑務所以下だろ、出口を探そうぜ」 才人は自分が、岩の穴の中の種を食べたくて手を突っ込んだら 握りすぎて抜けなくなった間抜けなサルにはなりたくなく、歩き出した。 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……ええい!」 腹立たしくなったルイズたちは、やけくそでダイヤモンドを投げ捨てると、 才人の後を追った。 そんな才人を、タバサはシルフィードをのしのしと歩かせてついて いきながら見つめて思った。 「欲のない人……」 ほとんどの人間は、貴族も平民も問わずにわずかな金銭のために血道を 上げるというのに、珍しい人間だと、タバサはなんとなく、ルイズたちが彼から 離れない理由の一端が、自分にもわかったような気がして、考えてみれば 自分も彼が来て以来、関係ないことに首を突っ込んだり、自分のことに他人を 入れる割合が増えたなと、心の中だけで苦笑した。 そうして、彼らは世界一高価な砂利道の上を、出口を求めて歩き始めた。 とはいっても、女子というものはこんなときでも静かにはしていられないものらしく、 すぐにルイズとキュルケがおしゃべりを始めた。 「にしても、このダイヤモンドの山、あの成り上がりのクルデンホルフの小娘に 見せたら卒倒するんじゃないかしら」 「それよりも、貧乏貴族のギーシュやモンモランシーあたりなら、プライド放り出して ポケットに詰め込むかもよ。そういえば、ベアトリスだっけ、あの子も来年には 学院に来るのよね。元気でやってるかしら」 思い返せば、あの怪獣大舞踏会からもうずいぶん経っていた。 しかしこうして、白一色の世界にいると、誰もがカンバスの主役を勤めるに ふさわしい、美しき個性の持ち主であると才人は思った。髪の色一つをとっても、 ルイズのピンクブロンド、キュルケの燃えるような赤髪、タバサの青空のような 青色に、ミシェルのタバサよりやや濃い青色は、今では大海のようにも見え、 典型的日本人で黒一色の自分などとは大違いだった。 けれど、そうしていても単色すぎる世界は距離感も狂わせるらしく、たいして 歩いてないはずなのに、頭がぼんやりしてきた。これなら茶色と青に分かれて いる分砂漠のほうがいくぶんかましだろう。 変化が現れたのは、いよいよ頭の中がミルクセーキになりかけて、ルイズの 激発五秒前というときだった、突如白一色の中に黒いなにかが入ってきたのだ。 「行ってみよう!」 才人が全員を代表して叫ぶと、薄ぼんやりと見えるそれへ向かって走り出した。 この際、白から解放してくれるのならば、黒きGでもなんでもいいという心境 だったのだが、目の前に寄ってみると、それは想像だにしなかった形の鉄の塊だった。 「なに? この妙な鉄の造形物は?」 「翼がついてるけど、こんな形じゃ飛べそうもないわね。けどこの銀色は、 鉄でも銀でもなさそうだけど、いったいなにでできているのかしら」 「……」 ルイズやキュルケにはそれがなんであるのは理解できなかったが、才人は 心臓を高鳴らせて、その銀翼の戦鳥を見つめていた。 とにかく、目の前にあるのが信じられない。極限まで無駄なく絞り込んだ 機体に、カミソリのように生えた二枚の主翼と、そこに開いた二〇ミリ機関砲の砲口、 見上げれば、雨粒のような涙滴型風防の前に、一〇〇〇馬力級エンジンとしては 最高峰の傑作とうたわれる栄エンジンが、三枚のプロペラを擁して鎮座している。 まぎれもなく、かつて無敵の名を欲しいままにし、世界最大最強として知られる 超弩級戦艦大和と並んで日本海軍の象徴として、数々の戦争映画で主役を務める 日本人ならその名を知らぬ者のいない、第二次世界大戦時の日本の代表機。 「ゼロ戦だ!」 正式名称、三菱零式艦上戦闘機が、そこに主脚を下ろして静かに鎮座していた。 「サイト、これもあんたの世界のものなの?」 「ああ、タルブ村にあったガンクルセイダーを覚えているだろ。あれの遠いご先祖さ」 才人は小さいころ、手をセメダインだらけにしながら作ったプラモデルの記憶に 興奮しながら、ゼロ戦の主翼に触れてガンダールヴの力でこれの情報を読み取った。 機体色は銀色で、やはり初期型の21型であり、最高速度、上昇限度などの 情報がこと細かに流れ込んでくるが、そんなことなどどうでもいいくらいに才人は喜んだ。 「すげえ、こいつはまだ生きてる」 なんと、ゼロ戦はほぼ完璧な形でそこにあった。燃料も半分以上あり、機銃弾も 七割近く残存している。まるで航空博物館にあるような完全な代物だったが、 主翼によじ登って、コクピットの中を覗き込むと、才人は調子よく喜んでいた 自分に罪悪感を覚えた。 「うう……」 「うわ……骸骨」 そこには、パイロットが前のめりになって計器に顔をうずめる形で白骨化している 痛々しい姿があった。よく見れば、コクピットの後ろの胴体に小さな穴が開いている。 おそらくはそこから敵機の弾丸が貫通して彼に致命傷を与えたのだろう。 「多分、敵機に追い詰められたところでこの空間に迷い込んで、最後の力で 不時着したんだろうな」 死に直面しながらも、愛機を無駄死にさせたくなかったのか、そんな状況で こんな場所に見事に着陸させた腕前はさすがとしかいいようがない。また、 そんな熟練したパイロットを追い詰めた、彼の相手もおそらくは相当なエースであろう、 ゼロ戦の形式と機銃弾の口径から考えれば、イギリスのスピットファイアあたりかもしれない。 才人は、六十年以上前に、故郷を遠く離れた空で命をかけて死んでいった 祖先たちに向けて、無意識に手を合わせて冥福を祈っていた。 そうして十秒ほど、うろ覚えの般若信教を唱えながら祈ったくらいだろうか、 周りに目を凝らして警戒していたミシェルが、白いもやが薄らいだ先にあるものを 見つけて呼んできた。 「おい、向こうにも、あっちにも見えるの、あれもそうじゃないか?」 「なんだって?」 言われて目を凝らしてみると、ゼロ戦と同じように無数の航空機の残骸が あちらこちらに散乱している。 「月光、雷電、九七式戦闘機……みんな戦争中の飛行機ばっかりじゃないか」 それらは、このゼロ戦とは違って着陸に失敗したようで、前のめりに突っ込んで いたり脚を折ったりしていて、とても使い物になりそうもないが、その特徴的な シルエットは、小さいころにゼロ戦やタイガー戦車などのプラモデルを多く作って ミリタリーにも造詣のある才人には簡単にわかった。 もちろん、それだけある機体がすべて日本機ということはなかった。 「アメリカのグラマンF4FにF6F、ライトニングにムスタング、イギリスのハリケーンに スピットファイア、ドイツのメッサーやフォッケまでありやがる」 世界中の名だたる戦闘機が、ずらずらと並んでいて目移りしてしまう。赤い星などの マークがついたソビエトや中国などの機体はさすがにわからないが、この光景を マニアが見たら狂喜乱舞するだろう。 また、目が慣れてくるとさらに遠方にある機体も把握できるようになり、戦闘機 以外の飛行機も見えてきて、それらの方向へと順に歩き出した。 「一式陸攻、モスキート、B-17……」 濃緑色やむきだしのジュラルミンに身を包んだ爆撃機が、半分近く残骸と 化しながら横たわっている中を、才人たちはいまや墓標となったそれらに 敬意をはらいながら進んでいく。 だが、最後にひときわ大きい機体を中央部からくの字に折り、尾翼を 十字架のように立たせてつぶれている飛行機のそばだけは、そのまま 立ち去ることはできなかった。 「……」 「サイト、どうしたの?」 ルイズの問いかけにも才人は答えずに、目の前の飛行機の残骸を睨み続けている。 それは、他の飛行機と比べても圧倒的に大きく、主翼についている計四つの 巨大なエンジンや、機体の各部の大砲のような銃座などを見ても、並々ならぬ 技術で作られたことが一目でわかった。 「サイト? ねえサイトったら」 「……」 答えずに、才人はなおも眼前の機体を睨み続ける。損傷が激しいが、のっぺりとした 機首やうちわのように大きな垂直尾翼といった特徴までは失われていない。 間違いはない。それは小学校の平和授業から、毎年夏になると放送される 戦争特番で嫌と言うほど見せられ、才人だけでなく、日本人に畏怖と憎悪の 感情を向けられる、史上もっとも多くの人間を殺した爆撃機。 「B-29、スーパーフォートレス」 広島、長崎の惨劇の立役者にして、アルビオンの内戦などは比較にならない 悲劇を残した第二次世界大戦の、戦争の愚かしさの象徴ともいうべき、 空の要塞がそこにいた。 そして、それで完全に彼は記憶を呼び戻した。 「そういえば小さいころ、ゼロ戦があるんだったら一度来てみたいと思ったっけな、 この四次元空間には」 テッペイがアウトオブドキュメントから解析したデータと同じく、才人もここが 時空間に落とし穴のように開いた四次元空間だと気づいた。 落ちている航空機も、同じようにこの空間に引っかかってしまったのだろう。 二次大戦時の航空機ばかりなのは、何百何千と数がいて、引っかかる 確率も高かったからだろうが、よく見たらセイバーやファントムなど、戦後の 航空機もわずかに入っている。 「しかしまさか、ハルケギニアにも入り口があるとは思わなかったな」 探せばもしかしたら、ハルケギニアから迷い込んだ竜騎士やヒポグリフなどの 死骸も転がっているかもしれない。だが、そういうことならば、もう一つ嫌な ことが彼の脳裏に蘇ってきた。 「ここが、その四次元空間だとしたら……」 しかし、彼がその予感の内容を言い終わる前に、霧の向こうからくぐもった、 まるで霧笛のような大きな遠吠えが聞こえてきたのだ! 「やっぱりか」 彼はどうしてこう、悪いときに悪いことばかりが重なるんだと、ルイズに召喚 されて以来の自分の苦労人体質を呪いながら、ガッツブラスターを取り出して 安全装置を解除した。 そして十秒と経たずに、彼の予感は的中した。 「巨大なセイウチの化け物ね」 「サイト、ルイズ、ほんとにあんたたちといると、人生退屈しないわ」 ルイズやキュルケが、もう驚くことも慣れてしまったというふうに、達観した 様子でつぶやいたのに、タバサやミシェルも全面的に同意した。 唯一、シルフィードだけが焦った様子で、目の前にいて、巨大な牙を 振りかざして地面をはいずって向かってくる怪獣を、きゅいきゅいと 鳴きながら威嚇しているみたいだったが、はっきり全然怖くない。 「四次元怪獣トドラか……さて、どう見てもセイウチなのに、トドラとは これいかに……」 どうでもいいことをつぶやきながら、才人は自分たちをエサにしようと しているのかは知らないが、まるで何かに追い立てられているように 吠え立てながら向かってくるトドラに銃口を向けた。 そして、才人たちが異次元空間で足止めを食らっているうちに、状況は彼らの 焦りどうりにどんどん悪化していっていた。 ロンディニウムでは、アルビオン空軍艦隊の旗艦、大型戦艦レキシントン号を はじめとする六〇隻の空中艦隊が、残存戦力のすべてを乗船させての最終決戦を 挑むべく、出撃を命じられていた。 「諸君! 決戦である。一戦してウェールズの首をとれば、王党派の命運は尽き、 我らはこの地を支配できる。私が先陣を切る。我に続く勇者はいるか」 「おおう!」 「決戦だ! 決戦である!」 クロムウェルが檄を飛ばすと、生き残っていたレコン・キスタの貴族たちは、 彼の示した起死回生の可能性に一縷の望みをかけて、一斉に狂乱の叫びをあげた。 元より、反逆者である彼らはこの後王党派との戦いでからくも生き残っても 処刑は確実で、降伏すれば命は助かるかもしれないが、財産領地没収となれば 貴族に生きていく術はなく、こじきや傭兵に落ちるしかなくなる。 だが、そうして冷静な判断力を失っているからこそ、クロムウェルには彼らを 利用する価値があった。 「すでに、我らの秘密鉱山から運ばれた風石の充填は完了した。さあ、ゆこう 忠勇なる戦士たちよ。歴史に我らの名を残そうではないか!」 いまだ革命に幻想を見る貴族たちを乗せて、アルビオン艦隊は出撃していく。 やがてレキシントン号の司令官室で、クロムウェルは渋い顔をしている シェフィールドに叱責されながら、作戦の最終段階を詰めていた。 「いいこと、これがお前に与える最後の機会よ。これまでの失敗を帳消しにして、 生き残りたいのなら、なんとしても勝利なさい」 「ははあっ! この身命にかけましても、なんとしても勝利をささげまする。 ですが、あのお方は本当に動いてくださるのでしょうか? わたくしは 不安でなりませぬ」 「余計な心配をするでないわ、約束どおり、あのお方はこちらに注意を 向けているトリステインを後方から攻撃する算段をつけていらっしゃる。 あとは、お前が王党派を撃破しさえすれば、この国はお前のもの、 わかったら全力をつくしなさい」 本当は、シェフィールドの主であるジョゼフはすでにレコン・キスタを 切り捨てようとしているのだが、彼女はそれを気取られないように 演技して見せていた。 もっとも、クロムウェルにとっても、すでにシェフィールドの思惑などは どうでもいいものになっていた。せいぜいが、こちらの作戦の最終段階に 合わせて軍を動かし、混乱を広げてくれたらもうけもの、どのみちガリアなど いずれ超獣の軍団で蹂躙してくれると、内心ではせせら笑っていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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ゼロの番鳥外伝『ルイズ最強伝説』 Q.ペットショップとギーシュが決闘してる間、逃げたキュルケとそれを追い駆けたルイズは何をしていたんですか? A.こんな事をやっていました ドカーン!バゴーン!ドカーン!バゴーン! 学院に爆発音が響き渡る。勿論、その原因は私の魔法だ 「あはははははははははは!!!!!」 口から溢れる笑いを止める事が出来ない。得体の知れない恍惚感が体を震わせる!何かカ・イ・カ・ン!最高にハイ!ってやつよ! 脳が破壊と破壊と破壊を求めて矢継ぎ早に指示を出す。 私の笑いに反応したのか、逃げているキュルケが振り返ってこっちを見た。ん?何で脅えたような顔をするんだろ? 悪鬼を見たような顔をするなんて、私の繊細な神経が酷く傷ついたわ! 「大人しく吹っ飛ばされなさい!」 魔力を注ぎ呪を紡ぎ、発動の引き鉄となる杖を振って、私が唯一使える大得意な魔法を放つ! ドン! やった!ドンピシャのタイミングで爆発が起こった! キュルケが予期したように回避行動を取ったが、私の狙いはキュルケでは無く、その頭上! ガラガラガラガラ・・・・・・・・・「うひゃぁっ!?」 みっとも無い叫び声を出しながら天井の崩落に巻き込まれるキュルケ キュルケの生き埋めの出来あがり♪と小躍りしそうになったが、下半身しか埋もれてないのに気付いた。チッ。 瓦礫の下から何とか抜け出そうと足掻いてる。くふふふ、無様ね。トドメをさしてあげるわ。 「んふふふふふ・・・・・・」 わざとらしく足音と笑い声を立てながらキュルケの前に立つ。 キュルケは慌てて床に転がった杖を取ろうとしたが、その手が届くより先に、私の足が廊下の彼方に杖を蹴り飛ばす。 顔面が蒼白になるキュルケ、私の狙いに気付いたようだ。 「ル、ルイズ、もう冗談は止めましょ?ね?杖なんか掲げてると危ないわよ?私達友達でしょ?」 先程までとは一変して哀願口調になる。ふん、それで男は騙せるとは思うけどこのルイズ様にはそんなの通用しないわよ 死刑を執行しようと、杖を振って呪文を唱え―――そこで私は気付いた!キュルケの目が私では無く、私の後ろを見ている事に! 「エアハンマー!」 刹那、転がって回避した私の横を空気の槌が通過――――そして ドゴン!「ふげっ!」 私が回避した事により、直線状に並んでいたキュルケに当たった。身動きできないんだからどうやっても避ける事は出来ないわよね。 潰れた蛙のよう声を出して気絶するキュルケ。ああ、何て可哀想なの!とても嬉しいわ私!うふふふふふ 大声で笑いたかったが。それよりも私に攻撃しようとした不埒者にお仕置きするのが先。 「ミス・ヴァリエール!杖を捨てろ!!」 下手人は魔法学院の先生の一人だった。生徒に魔法を使うなんて野蛮にも程があるわよ。 「杖を早く捨てて!頭の上で手を組んで床に跪け!早く!」 私は声を聞き流して、その先生に近づく。 どうせ教師の職権を乱用して、世界三大美少女に入るほど可憐な私に性的な悪戯をする気満々だろうし!命令を聞く気は無いのよ! 「ヴァリエール!指示に従え!!」 焦れたように叫ぶが私はそんなのを聞く気は一切無い。 距離が5メイルを切ってから―――私は一気に走り出した。 「くそっ!どうなっても知らんぞ!?エアハンマー!」 先生が杖を振り空気の槌が私の腹部に直撃―――する寸前! 私は滑るような足捌きで突如体を平行移動させる。ドガッ!「ひげぇ!」 後ろからキュルケの声が聞こえた、どうやらまた私が回避したことにより外れた弾の直撃をくらったらしい。 いい気味ね 「はぁぁぁ!?」 回避するとは思わなかったのか、化物を見るような眼で私を見つめる先生。 あんなんで倒せると思うとは甘い甘い。ココアにミルクと砂糖をたっぷり入れて生クリームを乗っけたより甘いわよ! 時が止まって見えるほど集中した私には、服の下の筋肉の微細な動きまで見えたんだから! 「おおおお!?」 魔法を放つ余裕が無いのか無我夢中に杖を振って私を殴り付けようとするが。 私は身を屈めてそれを回避!その動きのままに先生の懐に潜りこんだ!顔に驚愕の表情を張り付けているのが良く見える。 そして―――その身を屈めた運動による腰と足の力は腕に伝えられ!突き出される拳! 当たる寸前にその拳を柔らかく開き!粘りつくような掌を目標に捻り込む!狙いは先生の鳩尾! ドン! 破壊的な音が私の腕を通じて脳に聞こえた!カ・イ・カ・ン! 強烈な一撃をくらった先生は息を吐いてその場に崩れ落―――駄目押しぃぃ! 捻りを加えた足が顎を真上に蹴り飛ばす、上体が浮いて無防備な体を一瞬硬直させた。 私はその場でくるりと回ると、持っている杖を胴体に突き付け!即座に魔法を使い爆発を起こす! ドゴォォォン! 零距離で起きた爆発をまともにくらい、吹っ飛ばされて壁にめり込む先生。白目を向いて気絶してる。んん?泡まで吹いてる。軟いわね と言うか、ほぼ至近距離で爆発起こしたから私も煤塗れになっちゃった。後でペットショップに洗濯させないといけないわね なんて事を私が考えていると。 「ヴァリエール!!!!」 叫び声が聞こえた方向を見ると新手の先生の姿が!敵が増えた! モタモタしてられないわ! 「それぇ!」 倒した敵の杖を拾って思いきり投げ付ける。自分でも100点満点と思う程に洗練された投球フォームだ。 メイジにとって杖は命の次に大事な物。魔法学院の先生方がそれを知らないわけがない。 凄いスピードで一直線に飛ぶ凶器となった杖を、他人の物だからと言って魔法で撃ち落すわけにもいかず、私の目論見通りにしゃがんで回避する。 それを見てほくそ笑む私。その判断は、この戦いにおいて致命傷となる隙を作り出すわよ! 「!?」 飛ぶ杖に続いて突進していた私に気付いた先生が慌てた動作で杖を振り上げる。 だけど遅い遅い。気付くのが数秒遅いわね! ゴガッ! 私の頭突きが先生の顔面にクリーンヒット!噴水のように鼻血を噴出した!・・・うひゃっ!鼻血が頭にかかった!許せない! 反射的に顔を押さえる先生に、私の渾身の体当りが決まる。 倒れた先生の上に馬乗りになる私。俗に言うマウントポジションってやつだ。 鼻を押さえる先生の顔が恐怖に歪む。私が何をするか理解したようだ・・・・・・それも哀れに思うほど遅いんだけどね。 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!! 顔面に拳の連打をおみまいする。先生は狂ったように暴れるが、重心をピンポイントで押える私から逃れる事は出来ない。 それから十数秒後、ピクリとも動かなくなった先生の体の上から立ち上がる私。 目の端に又人影が見えた。敵ね!?敵は皆殺しの全殺しでズタズタのグチャグチャのミンチの刑よ!あははははははははは! 振り向くと、腰が抜けたような格好で後退りする女教師の姿を発見。補足して全速突進! 私が走ってくるに気付いたのか、泣きそうな顔が更に泣きそうになって持っている杖を振り、火を飛ばす。 「遅い!」 走りを止めずに首を曲げてその攻撃を回避。遅い遅い遅すぎる!集中している私にはスローすぎて欠伸が出るわよ! 絶望的な表情でそれを見た先生は悲鳴を上げながら、再度杖を振り巨大な火球を発射した。 それは『火』と『火』を使った攻撃呪文『フレイム・ボール』!小型の太陽が私を襲う! その火球が、体に当たって私を炭にするだろう一瞬前――――床を蹴り、壁を蹴って天井に届くほど高く跳躍しスーパーにビューティフルな形で回避。 それにしても『フレイム・ボール』なんて・・・・・・・生徒に向けて使うものじゃないわよ!危ないわね!これはお仕置きね! 「天誅!」 そのまま天井を蹴った勢いと重力加速を加えた私の蹴りが女教師の腹に決まった。 まあ、肋骨が粉砕して、内臓が破裂しかける程度に手加減しちゃったけど。私も甘いわね 甘美な勝利の感覚が脳に伝わり、知らず知らずの内に顔の表情が笑みを形作る。 「私が最強よぉぉぉぉぉっ!!!!」 ガッツポーズをとって叫び声を上げようとした所で、何かが鳴る音が聞こえて・・・・・・ 私の・・・・・・意識は・・・闇に落ちて・・行った・・・・・・zzzzz 倒れたルイズを見てやっと安心するコルベール、その手には秘宝の一つである『眠りの鐘』が。 コルベールは滅茶苦茶になった廊下や、打倒された教師達を見回すと、魂も吐き出すかのような溜息を突いた。頭髪が更に少なくなった。 この後、ちょっとばかり洒落にならない額の弁償金をルイズが払う事となったのは、物語とは更に関係無い話である。